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日本の天然物創薬研究のハブ拠点を支えるデータベース“化合物大辞典”

化合物大辞典ユーザーインタビュー

2020年1月掲載

産業技術総合研究所 創薬基盤研究部門 研究グループ長

新家 一男 先生

世界最大級の天然物ライブラリーの収集と保存、新規スクリーニングアッセイの技術開発と継承に尽力されてきた、産業技術総合研究所の新家一男先生に、Taylor & Francis Group / CRC Press社の化合物大辞典の活用方法について伺いました。

縁の下の力持ち、世界最大級の天然物ライブラリーを維持し創薬研究のハブ拠点に

——新家先生のこれまでのご研究内容について教えてください。

新家先生:培養した微生物から生理活性物質を単離するような研究を30年以上専門で行っています。実際には、生薬や民間薬などに利用される植物、土壌から採集した放線菌や真菌、海洋生物に共生する微生物などをターゲットに、生理活性物質の探索をしてきました。抗菌剤や抗がん剤の開発、および天然化合物の生合成が研究の約8割を占めています。
これまでの成果の1つを挙げますと、土壌から得た放線菌から単離したTelomestatinという物質があります(図)。通常の細胞は分裂の度に染色体末端のテロメアが短縮し、最終的に増殖能を失いますが、異常に増殖し続けるがん細胞では、テロメアを延長させるテロメラーゼという酵素が高発現していることがわかっています。我々が単離したTelomestatinは、テロメア中にみられる折りたたまれた構造(G-quadruplex構造)を安定化させることで、テロメラーゼ活性を強力かつ選択的に阻害し、がん化を抑制することがわかりました。
こうした微生物由来の生理活性物質の発見や研究は、現在使われている多くの医薬品につながっています。その物質そのものが医薬品にならなくても、作用機序の解析などから新たな創薬ターゲットの発見につながることもあります。
また微生物を利用した化合物生産技術の開発も行っています。例えば海洋生物に共生する微生物は培養できないことが多く、そのままではこれらが作る化合物の研究が進みません。そこで、培養できる微生物宿主に難培養微生物の遺伝子を挿入して、その化合物を作らせる異種発現システムを用いた生産技術の開発を進めています。微生物の生合成酵素をコードする遺伝子を利用すれば、さまざまな構造を自由に導入することも可能です。化学合成ではできないような複雑な化合物の生産や誘導体化が、微生物の利用で短時間に実現できるようになってきています。

——新家先生が産業技術総合研究所に来られ、天然物ライブラリーを構築された経緯について教えてください。

新家先生:この研究所に来た理由は、タンパク質の相互作用を創薬のターゲットとした研究開発をするためです。当時は、タンパク質の相互作用を分子性化合物で制御することはできないと言われていました。そこで、製薬企業ができないようなことにチャレンジしようと、NEDO受託事業「化合物等を活用した生物システム制御基盤技術開発」プロジェクト(2006年度~2010年度)が立ち上がりました。タンパク質の相互作用を制御するには大きな界面を標的にしなければならないため、分子量の小さい合成化合物よりは、大きい天然物をメインに探索する必要があります。しかし、当時所有していた天然物ライブラリーだけではタンパク質相互作用スクリーニングでのヒットを見つけるのは困難と考え、我々が所有していたライブラリーに加え、天然物研究に携わっている日本中の企業に声をかけて各社の天然物ライブラリーを提供していただきました。天然化合物は長年、薬剤開発のリード化合物のソースとして用いられており、天然物化学分野で世界を率いていた日本の各企業はそれぞれに宝の山ともいえる天然物ライブラリーをお持ちでした。しかしこの時期には、多くの企業が手間のかかる天然物創薬研究から撤退していっており、私は危機感を覚えていました。ライブラリーの集約を行うことは今後の日本の天然物業界にとっても重要なことだと考え、説得を重ねて、結果的に多くの企業にご協力いただき、同プロジェクト中に約30万の天然物ライブラリーを収集することができました。
5年間のプロジェクトで、実際に創薬につながるような活性物質の発見には至りませんでしたが、タンパク質との相互作用を制御できるような化合物をハイスループットでスクリーニングできるシステムを構築することができました。

——設立された「次世代天然物化学技術研究組合」について教えてください。

新家先生:プロジェクトが終了すると、こういったライブラリーは返却するか破棄するしかないのが通常ですが、一度破棄してしまうと二度と集めるのは不可能だと思い、ライブラリーを継続して利用できるように「次世代天然物化学技術研究組合」の設立に伴い、ライブラリー相互利用・普及活動も組合の活動の一つとして取り入れました。組合では、各企業からいただいたライブラリーを相互利用したり、天然物・合成化合物ライブラリーをお持ちでない企業あるいはアカデミアの創薬研究に汎用的に使えるような仕組みを作りました。また自社で天然物からのスクリーニングの実施が難しい組合員に対して、スクリーニング、ヒット化合物の単離・精製業務をサポートする事業も行っており、我々がスクリーニング受託と共にしています。 組合では現在、AMEDから「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発(革新的中分子創薬技術の開発)」を受託しているほか、P-CREATE(次世代がん医療創生研究事業)の技術支援も行っています。そこでは、日本でがん研究をされている研究者のスクリーニングおよびプローブ探索に関して支援班の一拠点としてサポートしています。

天然物ライブラリーを保管している冷凍庫

——次世代天然物化学技術研究組合をどのように発展させていきたいと考えておられますか。

新家先生:近年は自社ライブラリーを持っている企業でも、なかなかヒットが見つからないこともあり、受託が徐々に増えています。本組合がハブとなって、ライブラリーの収集・保存だけでなく、プロトコルや技術の開発・保存、アカデミアや企業への教育を担っていくことで、日本の天然物創薬研究の継続・発展に寄与したいと考えています。組合員の企業やアカデミアの方々には、自社ライブラリーの1つという位置づけで考えていただければと思っています。

活性や生物学的起源などの情報が得られる化合物大辞典は、天然物研究の必須ツール

——化合物大辞典はいつ頃から使用されていますか。

新家先生:大学院時代にChapman & Hall社 (Taylor & Francis Group / CRC Press 社の前身) 出版の辞典「Dictionary of Antibiotics and Related Substances」を利用していたので、デジタルになった今でも自然にそのまま使っています。かれこれ30年以上になりますね。化合物を調べると、誘導体や活性、関連雑誌なども記載されていることに、当時から大変助けられています。

——化合物大辞典はどのように使用されていますか。

新家先生:天然物のスクリーニングで重要なのは、ヒットした抽出物の中で何が活性物質かをいち早く決めることです(デレプリケーション)。抽出化合物はLC/MSなどを用いて同定を進めますが、その際の既知化合物検索に化合物大辞典をよく利用します。そのため、装置の横に置いたパソコンで辞典を見ることが多いですね。もちろん研究員全員の端末でも使えるようになっています。使い方としては、MSで導出した分子式と生産菌などのワードからまず化合物大辞典を調べ、なければ他の論文検索ツールでも調べて、候補を絞ります。化合物大辞典や他の論文検索ツール、組合所有のライブラリーの中に該当する分子式を持つ化合物が見つからなければ、新規化合物である可能性が高いので、NMRを使って構造決定をしています。

Dictionary of Antibiotics and Related Substancesを持つ新家先生

化合物大辞典 Combined Chemical Dictionary (DVD版)

(左)検索初期画面(検索項目「Biological Source」(下から2段目)には「Streptomyces anulatus」を、検索項目「Molecular Weight」(一番下の段)には580-585を範囲指定で入力)
(右)検索結果画面(Telomestatinのレコード)

——化合物大辞典の利点はどのような点だと思われますか。

新家先生:活性や生物起源などの情報を得られる点がとても助かっています。組合では合成品ライブラリーも持っておりスクリーニングには使うのですが、構造は分かるものの他の情報がないので、次の展開のヒントが得られません。しかし、天然化合物の多くは生物活性を指標に単離された化合物が多く、この化合物大辞典の場合は、活性などの情報が得られるため、例えば新しいアッセイ系がどのように効いてくるのかなど、次の展開を想像することができます。
例えば、がんに関係するアッセイ系で既知の抗生物質がヒットし、擬陽性を疑ったものの、化合物大辞典を見ると細胞毒性や抗腫瘍活性といった目的と類似の報告があり、やはり本当に抗がん作用を持っているのではないかと期待して次に進めることができた、といった事例は頻繁にあります。

またRNAスプライシングをターゲットにしたアッセイ系でヒットした化合物を同定する際にも、化合物大辞典の情報はヒントになりました。この化合物はタンパク質合成阻害剤と報告されていましたが、他のタンパク質合成阻害剤をそのアッセイ系で試しても全く効かないため研究を進めたところ、他の薬剤とは異なるユニークな作用機序によってタンパク質合成阻害活性を発揮していることがわかりました。

——ほかにも化合物大辞典が役立っていることはありますか。

新家先生:研究員の教育にも役立っていると感じています。化合物大辞典で検索した時に活性や生産菌などの情報を見ることによって、どういう活性をもった化合物が世の中にあるか、化合物の構造を確認しながら覚えていくのにも役立っていると思います。

天然物から治療薬へ

——将来の抱負をお聞かせください。

新家先生:天然物からの創薬で患者さんに貢献したいという思いは、組合員の企業の皆さん含めて強く持っていますね。特に若い方のがんの治療を進歩させることができればと願っています。最近は完全に天然物から抽出されたものを利用するだけでなく、天然物の骨格や活性部位を持つ中間体を生合成し、その後合成を行うといった形の利用方法も増えてきています。組合の受託事業では、実際のアッセイ法など具体的なことがわからない曖昧な状態でも、依頼を受けるようにしていますので、ぜひ天然物ライブラリーを役立てて研究を進めていただきたいと思っています。
また研究においては、視野が狭くならないように、自己満足の趣味に走るのではなく、患者さんを治すために創薬するのだという志を忘れないように、研究員には常に指導しています。

JAICI:本日はどうもありがとうございました。

ユーザー紹介

新家 一男 (しんや かずお) 先生

1988年東京農工大学農学部農学科卒業。1993年東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻博士課程修了、博士(農学)号取得。同年同大学分子細胞生物学研究所助手。2006年産業技術総合研究所生物情報解析研究センター主任研究員。2013年同研究所バイオメディカル研究部門上級主任研究員。現在、同研究所 創薬基盤研究部門 最先端バイオ技術探求グループ 研究グループ長。
東京大学教授、東京工業大学特定教授、武蔵野大学客員教授、防衛医科大学校非常勤講師。
がん分子標的治療研究会奨励賞、第43回天然有機化合物討論会奨励賞、日本農芸化学会奨励賞、日本抗生物質学術協議会住木梅澤記念賞受賞。

化学情報協会では Taylor & Francis Group / CRC Press 社の天然物辞典シリーズを扱っております。製作元で整理済みの各種物性値が収録されています。また、合成方法を含む文献情報も収録されています。各種物性値の範囲指定検索や CAS Registry Number®、生理活性、生物起源などのテキスト情報による検索、部分構造検索などを組み合わせることで、目的の化合物を探し出すことができます。

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