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次世代電池に向けた材料開発を支える ICSD API

ICSD ユーザーインタビュー

2021年11月掲載

東京理科大学 理学部第一部 応用化学科

教授 駒場 慎一 先生
准教授 久保田 圭 先生
助教 多々良 涼一 先生
助教 保坂 知宙 先生

駒場研究室の皆さん

二次電池の研究で世界をリードしている東京理科大学駒場研究室の皆様に、ICSDや、その追加オプションとして2020年2月にリリースされたICSD APIの活用方法を伺いました。 

次世代のエネルギー変換を実現する二次電池を育てる

——初めに、皆様が取り組まれている研究のご紹介をお願いします。

駒場先生:私の研究室では、次世代二次電池のナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池の研究を行っています。現在の代表的な二次電池のリチウムイオン電池は、レアメタルであるリチウムを材料に用いることから価格や供給量の面で限界があります。それらを解決する代替材料による新しい電池として、リチウムと同じ周期表の第I族元素で性質がよく似ているナトリウムやカリウムを用いた電池の開発に期待がもたれています。
ナトリウムイオン電池の研究は、私が東京理科大学に着任した2005年から本格的に始めました。世の中で全く研究されていないと思って取り組みを始めた当時、「やっても無理ではないか」「やったけど無理だったよ」と同じ分野の研究者に声をかけられることがしばしばありました。しかし、あきらめずに研究を続けたところ、2010年頃、ナトリウムイオン二次電池の安定作動に世界に先駆けて成功しました1, 2。今では世界中で研究されています。
カリウムイオン電池の研究には、2015年頃から着手しました。電池は、「電極で変化するイオンの物質量は流れる電気量に比例する」というファラデーの法則に必ず制約されるので、カリウムのように原子量が大きい材料はこれまで研究されていませんでした。しかし私たちが、カリウムを用いることにも何か利点があるのではないかと考えて研究を始めた結果、カリウムイオン電池は高い電圧が得られることや急速な充放電ができるという利点が見つかってきました3, 4。これも、私たちの報告の後に世界中で研究が進められています。

1. S. Komaba, W. Murata, T. Ishikawa, N. Yabuuchi, T. Ozeki, T. Nakayama, A. Ogata, K. Gotoh and K. Fujiwara, Adv. Funct. Mater., 21, 3859–3867 (2011).

2. N. Yabuuchi, K. Kubota, M. Dahbi and S. Komaba, Chem. Rev., 114, 11636–11682 (2014).

3. S. Komaba, T. Hasegawa, M. Dahbi and K. Kubota, Electrochem. Commun., 60, 172–175 (2015).

4. T. Hosaka, K. Kubota, A. S. Hameed and S. Komaba, Chem. Rev., 120, 6358–6466 (2020).

ナトリウムイオン二次電池の概略図

カリウムイオン二次電池の概略図

久保田先生:私は大学生の頃に、リチウムイオン電池の新規材料の探索を始めました。その当時から、リチウムイオン電池の電極材料としてどのような材料が新しく使えそうか、ICSDをもとに組成や結晶構造の観点から探っていきました。現職に着任した当初は、ナトリウムイオン電池の特に正極材料として層状のナトリウム遷移金属酸化物を研究していましたが、さらに新しい材料の探索が必要となり、カリウムイオン電池についても研究対象を広げました。現在は保坂助教と一緒に、どのような材料が適しているか、改めてICSDなどのデータベースを用いて未知の領域を探っているところです。

保坂先生:私はカリウムイオン電池の研究に立ち上げの頃から携わっており、電極材料や電解液を探索しています。固体の電極材料は、イオンの通り道の有無やイオンが脱離した後に構造を保てるかが大事になってきます。正極材料にカリウムを使う場合、カリウムイオンのイオン半径は大きいので、脱挿入できる材料はかなり限られます。その中で、3次元の構造(フレームワーク)を持ったものが基本的には有利と予測できるので、プルシアンブルーやポリアニオン系の材料を主に研究しています。特にポリアニオン材料は、構成するアニオン等の選択により結晶構造が非常に多様なので、ICSD APIを活用して研究しています。

多々良先生:私は学生の頃から、電解液に関して研究してきました。リチウムイオン電池やナトリウムイオン電池の電解液や、リチウム空気電池、リチウム硫黄電池といった、リチウム系の次世代電池の研究も行ってきました。現在は、カリウム系や他の元素にも対象を広げて、空気電池、硫黄電池の電解液開発などを行っています。

研究テーマとしては、電解液の物理化学的性質の検討が主でしたが、空気電池の放電生成物の解析に結晶構造データベースを用いることもありました。空気電池は反応性が非常に高くて様々な副生成物ができてしまうので、何が生成しているか不明な場合があります。そのようなときに、構造が部分的に壊れた過酸化物や、過酸化物が別の物質と反応して生成した混合物などを、X線回折パターンをデータベースでスクリーニングしていました。

ICSDとICSD APIをフルに生かした最短距離での材料開発

——ICSDをどのように活用されていますか。

久保田先生:二次電池の材料開発においては、二次電池の反応系を成立させるために、例えば、正極材料として求められる特性について、何を基準に調べればいいのかが大切になってきます。酸化還元の反応について着目した場合に、初期構造のデータセットとしてリン酸塩、硫酸塩、あるいはホウ酸塩などのオキソ酸塩を用いるのであれば、それらの材料に入って可逆的に酸化還元しそうな遷移金属を価数から絞ることができます。ここから、コストや重量を考慮して、例えばマンガン、鉄、ニッケルなどの3d遷移金属を候補として検討することができます。他に求められる条件としては、初期状態でナトリウムイオンやカリウムイオンが多く含まれることが、高容量の電池を実現するという観点から挙げられます。しかし、ナトリウムやカリウムの脱挿入量が多すぎるとフレームワークが不安定になり、放出後に構造が全部壊れてしまうため、骨格を構成する元素と脱挿入する元素の組成比も重要です。 このような観点からICSDを用いて材料を探索すると、高性能な電極材料が最短で得られる可能性が高くなります。

——ICSD APIは、具体的にどのように使われていますか?

保坂先生:ICSD APIを導入した主な目的は、ナトリウムイオンやカリウムイオンが脱挿入できる新しい材料を網羅的にスクリーニングするためです。まず、APIで網羅的に結晶構造データをダウンロードして、それらの構造中を、例えばカリウムイオンが拡散できるかどうかハイスループットの計算で調べます。そして、目星を付けた材料を実際に合成して確かめています。

実際に、ICSD APIを用いてダウンロードした結晶構造データを使って計算した結果を図 1 に示します。
図中のプロットは一つ一つの化合物を表しています。横軸のEmigは、カリウムイオンが結晶構造中で拡散するのに必要なエネルギーで、より小さいほど有利です。また、縦軸は、どの程度のカリウムイオンが脱挿入するか、つまり、実際に電池にしたときにどの程度容量が出るかという理論値となり、大きいほど有望です。図の左上が最も有望な材料となるので、材料の合成が可能か、実際にイオンが脱離したときの構造がどのようになるかを、一つ一つ調べていきます。ICSDの便利な点として、検索結果にDOI等の論文情報が示されているため、もとの論文にたどり着くのが容易です。合成方法などの情報を効率よく入手し、電極材料の開発を進めています。

図2は、先ほどの計算の、Emigについてグラフにしたものです。横軸はカリウムイオンのEmigで、縦軸は化合物の数です。Emigが大体1eV以下であれば、カリウムイオンはある程度、脱挿入できると考えられます。このような計算によって、対象とした約1000個の化合物から、有望な化合物を約70個程度に絞ることができます。実際には対象をもっと広げて、5000個程度から候補化合物を絞り込んでいます。

図 1 カリウム含有化合物のカリウムイオン拡散の活性化エネルギーと理論比容量

図 2 カリウムイオン拡散の活性化エネルギーのヒストグラム

——ICSDを用いた研究についての展望をお聞かせください。

久保田先生:ICSDは、インターフェース自体も変わり、以前と比べて便利になりました。使い方にも、新しい動きが出てきました。これまでは研究者の経験に基づいた検索が主流でしたが、最近は、保坂助教をはじめとした若手の方の力で、API機能を駆使したデータ科学としての利用法が発展して、より高性能な材料を最短距離で調べるような研究の動きが出てきました。データ科学の分野でマテリアルズ・インフォマティクスによる成果がどんどん出ていますので、これからは、データベースのデータの蓄積がより重要になってくると思います。いかにデータベースを更新するか、いかに新しい視点を材料探索の条件に付加していくか、そういったところに新しいアイデアが出てくると、さらにこの分野は発展できる可能性があります。

多々良先生:リチウムイオン電池で得られている知見をもとにナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池の研究が効率よく進められてきましたが、マテリアルズ・インフォマティクスのような予測を行う手法では、今まで全く探索されていない材料をゼロから予測することはまだ難しいかもしれません。アルカリ金属だけではなく、一見実用化には遠い周期表のもっと下の元素などについても、基礎的な研究が蓄積しデータベースが充実することが大切だと思います。私たち研究者としては、マテリアルズ・インフォマティクスの発展に期待すると同時に、人間にしかできない着眼点で研究を進めていきたいと思います。

それぞれの電池の特長を生かし、時流に即した利用を目指して

——これからの電池の研究の展望についてお聞かせください。

駒場先生:今、国の政策で、カーボンニュートラルや脱炭素社会の実現が掲げられています。これを後押しすべく、電池が使われる用途が広がってきています。身近なところでは、電気自動車を走らせたり、ドローンを飛ばしたりするのにも必ず電池が必要です。
電池は、単位容積当たりのエネルギーという指標だけでいえばリチウムイオン電池が最高性能になりますが、化学反応を用いているので制御しにくい点もあり、他の電池を置き換えるには至っていません。ほぼすべてのエンジン自動車には、いまだに鉛電池という環境負荷が比較的高いものが使われています。過去100年使われ続けているような電池には、性能だけでなく電池の「個性」と呼ぶべきものがあります。ですから、ナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池をはじめとした開発中の新規電池も、これからさらに社会情勢に合わせて開発が進み、その特長が生かせる分野と巡りあえば、実用化されるチャンスは十分あると思っています。
開発の中で、手探りで材料を一つ一つ検討していくことも必要ですし、その近道をするために計算シミュレーションも役立ちます。ただし、計算して見つかったものも実際には計算通りにはほぼならなくて、実験してみないと予測できない特性があります。実験的な材料探索と計算の二本立てで、できるだけ近道で材料が見つけられるのが理想です。そして、電池の特性が解明されて、さらに電池の電圧や寿命、安全性などのいろいろなファクターをクリアして、実用化の可能性が見いだされて進んでいくと思います。時間はかかりますが、レアメタルを使わない、でもリチウムイオン電池に近い電池性能を兼ね備えた次世代電池の開発は、非常にエキサイティングです。いつの日かエネルギー問題や環境問題の解決につながることを期待しています。

JAICI:ICSD APIの活用状況や、二次電池に関する展望など、貴重なお話を伺うことができました。本日はありがとうございました。

ユーザー紹介

駒場 慎一(こまば しんいち)先生

1998年早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。1998年岩手大学工学部応用化学科助手。2003年フランス・ボルドー第一大学付設CNRSボルドー固体化学研究所博士研究員。2005年東京理科大学理学部応用化学科講師に着任。2008年同准教授を経て、2013年同教授に就任、現在に至る。2014年度日本学術振興会賞、CALTECHレズニック研究所リゾネートアワード、2019年度電気化学会学術賞、2020年日本化学会学術賞など多数の受賞歴あり。Highly Cited Researchers 2019および2020に選出。

久保田 圭(くぼた けい)先生

2012年東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。2012年東京工業大学大学院総合理工学研究科産学官連携研究員。2013年東京理科大学研究推進機構総合研究院助教に着任。2017年同講師を経て、2020年同准教授に就任、現在に至る。

多々良 涼一 (たたら りょういち) 先生

2017年横浜国立大学大学院工学府博士後期課程修了。博士(工学)。2017年マサチューセッツ工科大学博士研究員。2019年横浜国立大学工学研究院特任教員(助教)。2020年東京理科大学理学部第一部応用化学科助教に着任、現在に至る。

保坂 知宙 (ほさか ともおき) 先生

2021年東京理科大学理学研究科化学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。2021年より東京理科大学研究推進機構総合研究院助教に着任、現在に至る。

化学情報協会では、ICSDやCSDなどX線構造解析で決定された結晶構造のデータベースや物性データベースを扱っております。ICSDには、無機化合物や金属、金属間化合物などの結晶情報、出典情報が収録されています。

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