オフ・ザ・ケム―化学の楽しさを伝える活動(堀越 亮 先生)
化学コミュニケーション賞2024受賞者インタビュー
2025年6月掲載
岡山理科大学教育推進機構基盤教育センター 教授
堀越 亮 先生

2024年の化学コミュニケーション賞を受賞した岡山理科大学の堀越亮先生に、受賞の背景や活動内容についてお話をお伺いしました。堀越先生は、レゴブロックやペーパークラフトなどによる化学教材の開発を行うとともに、科学イベント、出前講義、市民講座など、様々なアウトリーチ活動に参加し、科学の楽しさを広く伝えています。今回のインタビューでは、受賞の経緯や活動をはじめた背景、ユニークな教材開発、今後の展望など詳しくお話を伺いました。
(インタビュー日:2025年4月18日)
化学コミュニケーション賞の受賞について
——化学コミュニケーション賞の受賞おめでとうございます。応募のきっかけを教えてください。
堀越先生:以前、サイエンスライターの佐藤健太郎さんやYouTuberのもろぴーさんについて調べていた際に、この賞の存在を知りました。そこで、自分の活動を審査員の方々に知っていただければと思い、応募しました。
詳しい応募方法については、隣の研究室の坂根弦太教授からご案内いただきました。坂根先生は2019年に化学コミュニケーション賞を受賞されており、応募にあたってのアドバイスは非常に参考になりました。アドバイスの内容は内緒です。
——受賞の一報を聞いたときどうでしたか?
堀越先生:秘蔵のまま定年を迎えると思っていたので、受賞の知らせを聞いたときは自宅で小一時間ほど小躍りしました。その後、小一時間ほどで小腹が空きました。また、JAICIから、この取材依頼が舞い込んだときには、研究室で小一時間ほど武者震いしました。
何事も長年続けていれば、いつかは偉い方々に認めていただけるものなのだと感じる一方で、憧れの佐藤健太郎さんやもろぴーさんと同じ賞を自分がいただいてもよいのだろうか、という気持ちもありました。
——受賞後の反響はいかがでしたか?
堀越先生:同僚の先生方、恩師たち、そして家族も受賞を喜んでくれました。鼓笛隊を先頭に岡山市内を関係者とともにパレードする夢を見ました。私の研究や教育活動に対する関心が、これから高まっていくことを期待しています。
Off the Chemについて
——受賞対象となった「Off the Chem」について教えてください。
堀越先生:「Off the Chem(オフ・ザ・ケム)」は、「外れた」「休憩の」といった意味を持つ「Off (オフ)」と、「化学」を意味する「Chem (ケム)」を組み合わせた、私の造語です。「たがが外れた化学」「休憩時間のような化学」といったニュアンスを込めた合言葉であり、転じて「はしゃぎながら、ゆるやかに化学を楽しもう」という意味を持つようになりました。
この「オフ・ザ・ケム」という言葉をよく見ると、「オフザケ(おふざけ)」という言葉が紛れ込んでいることに気づかれるかもしれません。ここでの「オフザケ」は、決して破廉恥な行動を指すものではなく、「遊び心」や「隠し味」としての意味合いを込めています。
出張講義や科学イベントでは、少し外れたことをしたいと思っています。真面目に考えすぎず、休憩時間にふと浮かぶような、ちょっとふざけた化学を届けたい——そんな思いを込めて活動しています。
——この言葉が生まれたきっかけを教えてください。
堀越先生:実のところ、熟慮を重ねて練り上げた言葉・コンセプトではなく、ふとした瞬間に口をついて出てきました。
後付けではありますが、「Off the Chem」には次のような意味合いが込められています。サッカーには「オフ・ザ・ボール」という用語があります。これは、ボールを持っていない選手がどのように動くか、あるいはボールを持っていないときにどのように動くべきかを考える、という意味を持っています。この考え方に近いものとして、「本来考えるべき化学」があるとすれば、私はそこから少し外れて、教科書の枠を超えた化学を考えてみたいと思っています。
——「オフザケ」や「遊び心」の精神と、論文執筆や学会発表といったアカデミックな活動は、どのように両立させていらっしゃるのでしょうか?
堀越先生:実のところ、いまいち両立できていません。「オフザケ」はそれなりに好調ですが、アカデミックのほうは鳴かず飛ばずの現状です。話題をすり替えるようですが、最近こんなことがありました。アカデミックの現場で「オフザケ」を依頼されたのです。日本化学会企画部が主催する「なぜナニ化学クイズショー」に参画し、台本の原案を執筆し出演しました。このイベント、お呼ばれするまで全然知らなかったのですが、名立たる化学系企業のみなさんと、今を時めく若手・中堅研究者のみなさんが協力して企画・運営しています。
このショーでは塩に関するクイズが出題されることになっていたので、台本には塩をまく力士を登場させました。その力士の名前を「うすしお」にするか「オスモセン Os(C5H5)2 ≒ お相撲さん」にするかで長い時間悩みました。私はその力士「うすしお」を演じ、博士たちの塩を使った演示実験に茶々を入れて邪魔しました。うすしおの台詞は、主に「水兵リーベ・ちゃんこ鍋っす」と「水兵リーベ・上手投げっす」のふたつでした。

「なぜナニ化学クイズショー」でご一緒した若手・中堅研究者のみなさんと、うすしおこと堀越先生
ユニークな教材開発
——レゴブロックやペーパークラフトなど活用した教材のアイデアはどのように生まれるのですか?
堀越先生:論文や書籍、雑誌やネットで見かけた物質・反応、周囲の先生方から教えていただいたこと、あるいはChem-Stationで紹介されていたものなどを、模型を使って再現することがよくあります。そうした物質の美しさや反応の面白さを、学生やアウトリーチ活動の参加者に伝えたいという思いが常にあります。例えば、金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)や金属有機ケージ(MOC:Metal–Organic Cage)は、説明がなくても見ただけで楽しめる魅力があります。
——レゴブロックを教材に利用したきっかけは何ですか?
堀越先生:かつて石油会社に勤務していた際、触媒設計の基礎を教えていただきました。その後、京都大学の陰山研究室に在籍していたとき、触媒設計の概念をうまく説明できる教材があればいいのに、と考えるようになりました。
ちょうどその頃、ノーベル化学賞受賞者の根岸英一先生が、有機化学をレゴ遊びに例えて解説している記事を目にし、レゴブロックを使って説明するというアイデアを思いつきました。このアイデアを陰山先生にお伝えしたところ非常に好評で、実際に陰山先生の娘さんにレゴブロックを使って説明したところ、楽しんでもらえたため教材として世に出すことにしました。1), 2), 3)

レゴブロック★触媒模型 メタロセン触媒の形状とその触媒で合成されるポリプロピレンの立体規則性の関係
ちなみに、陰山研究室は「何でもウェルカム」な自由な雰囲気があり、その環境があったからこそ、このようなアイデアが生まれたのだと思います。「研究室ではなんでも好きなことやっていいよ」と陰山先生におっしゃっていただいたので額面通りに受け止めました。もしかすると、先生は「無機材料系で好きなこと」とおっしゃったのかもしれません。
当時、実家に帰省したときにも、レゴブロックを使って立体化学を考えていたのです。それを見た母親が「あんたはまだ(40歳越して)、ブロックで遊んでいるの」と心配そうに尋ねてきました。レゴブロックで研究していると言い返しても、なかなか信じてもらえませんでした。
1) Horikoshi, R.; Kobayashi, Y.; Kageyama, H. “Illustrating Catalysis with Interlocking Building Blocks: Correlation between Structure of a Metallocene Catalyst and the Stereoregularity of Polypropylene”, Journal of Chemical Education, 2013, 90, 620–622.
https://doi.org/10.1021/ed200871c
2) Horikoshi, R.; Kobayashi, Y.; Kageyama, H. “Illustrating Catalysis with Interlocking Building Blocks: A Ruthenium-Carbene Complex for Olefin Metathesis Reactions”, Journal of Chemical Education, 2014, 91, 255–258.
https://doi.org/10.1021/ed400413k
3) Horikoshi, R. “Illustrating Catalysis with Interlocking Building Blocks: A BINAP-Ruthenium Complex Catalyzed Asymmetric Hydrogenation”, Journal of Chemical Education, 2015, 92, 332–335.
https://doi.org/10.1021/ed500484u
——ペーパークラフトを教材に利用したきっかけは何ですか?
堀越先生:学生にMOCを説明するための教材を作ろうと考えていたとき、ある方から「MOCの第一人者の先生が研究室のペーパーレス化を進めている」という話を耳にしました。そのときふと、「逆にMOCを紙で作れるのでは?」と思い付き、MOCと厚紙がつながったのです。
紙を使って分子模型を作ることで、手軽に分子構造を学ぶことができます。分子の構造的な特徴を視覚的に示すことで、学生たちが立体構造をより深く理解できるよう工夫しています。4), 5)
4) Horikoshi, R. “Designing Papercraft Models: Metal–Organic Cages Based on cis-Capped Palladium Building Blocks and Tridentate Bridging Ligands”, Journal of Chemical Education, 2024, 101, 2933–2937.
https://doi.org/10.1021/acs.jchemed.4c00400
5) Horikoshi, R. “Using Papercraft Models to Introduce Metal–Organic Frameworks to Students”, Journal of Chemical Education, 2025, 102, 877–881.
https://doi.org/10.1021/acs.jchemed.4c01312
——電子部品を使った分子模型について教えてください。
堀越先生:共同研究者の塩山先生は、「電極を広げたトランジスタはsp²炭素のように見える」という着想から、それらを半田ごてで接続してフラーレンの模型を作るというユニークなアイデアをお持ちでした。
コロナ禍で学生が大学に来られない状況でも化学実験を継続する必要があったため、塩山先生は自宅でも取り組めるこの模型工作のアイデアを提案されました。トランジスタは安価で郵送もしやすい一方で、半田ごての扱いが難しく、やけどのリスクがあるという課題がありました。
そこで私は、シリコンチューブを使ってトランジスタの電極同士を挟んで連結する方法を提案しました。この方法が採用され、学生にはトランジスタとシリコンチューブを郵送し、オンラインで模型工作を実施しました。さらに、フラーレンの直径を計算する課題も設定し、電子材料としてのフラーレンを実際の電子部品で再現することの面白さを体感してもらいました。6)
この経験を通じて、学生時代に学んだ有機伝導体「TTF-TCNQ」を電子部品で再現するという新たなアイデアも生まれ、こうした“あべこべ感”を楽しみながら活動を続けています。7)
6) Horikoshi, R.; Shirotani, D.; Shioyama, H. “Design of a C60 Structure Model Based on Transistors Linking With Plastic Tubes”, Journal of Chemical Education, 2022, 99, 1816–1819.
https://doi.org/10.1021/acs.jchemed.2c00027
7) Horikoshi, R.; Shirotani, D.; Nakanishi-Masuno, T.; Shioyama, H. “Structural Models of TTF and TCNQ Based on Electronic Components Linked by Plastic Tubes”, Journal of Chemical Education, 2023, 100, 3089-3092.
https://doi.org/10.1021/acs.jchemed.3c00065

ペーパークラフト★八面体型 MOC

ペーパークラフト★結晶スポンジ模型

トランジスタ★フラーレン模型
——教材開発で苦労された点はありますか?
堀越先生:設計どおりに、計画どおりに、思い描いたとおりに形づくることができないときです。費用をかけ、時間を費やしても、うまくいかなかった例は枚挙にいとまがありません。
まず考えて、やってみる。失敗したら、また考えて、やってみる。その繰り返しです。失敗したときの工作物も、いつか何かに使えるのではないかと信じて、ある程度残してあります。その結果、ガラクタが地層を形成しています。レゴブロックがカンブリア紀から、電子部品がペルム紀から、厚紙がジュラ紀から発掘されたりします。
可能であれば、イベントや化学実験では教材を参加者全員に配布したいと考えています。そのためには、教材の安全性、製作時間、材料費といった要素を慎重に考慮する必要があります。安全性を重視すれば費用がかさみ、費用を抑えようとすれば製作に時間がかかる——そのバランスが常に課題です。
——おひとりで教材開発を進めることに、難しさを感じることはありますか?
堀越先生:難しさを感じることはありません。一人で活動しているとはいえ、応援してくださる先生方や、相談に乗ってくださる先生方、コメントをくれる学生たちがいてくれるおかげです。特に、恩師である神戸大学の持田先生と研究室の学生さん、そして先生の娘さんからの応援とコメントは大変貴重です。また、陰山研の秘書さんのお子さん、りょうたとの打ち合わせは大変重要です。

持田先生(中央)と研究室のみなさん、そしてほろ酔いの角谷博士(ピースサイン)と堀越先生
——教材開発のアイデア集を本にするご予定はありますか?
堀越先生:いずれは本の執筆も視野に入れていますが、その前に研究者としてはまず論文を書くことが重要だと考えています。現在、レビュー論文を少しずつ書き溜めているところです。
一方で、他の先生から「論文は関心のある人しか読まないが、本は図書館に置かれ、多くの人の目に触れる可能性がある」といったご意見もいただいており、その点も踏まえて検討しているところです。
自身の著作が図書館や書店の棚に置かれる光景を夢想することもしばしばあります。憧れですね。
論文と国際的な評価
——「Off the Chem」の活動内容について、国際誌に論文を発表するモチベーションは何ですか?
堀越先生:「化学は世界中の人が理解できるものだから、面白い結果は英語で書くべきだ」——これは、恩師からいただいた教えのひとつであり、今でも可能な限り実践するようにしています。
化学教育も化学の一分野であり、世界中の研究者や教育者が注目している分野です。英作文も英会話も得意とは言えませんが、それでも国際誌に投稿を続けているのは、「三つ子の魂百まで」の言葉のとおり、身についた信念のようなものかもしれません。昨年末、晴れて3歳のお誕生日を迎えたので、あと97年間頑張ります。これはもちろん冗談で、自分まだまだヒヨッコという意味です。
——査読は厳しいですか?
堀越先生:Journal of Chemical Educationの査読は非常に厳しいですね。厳しい査読コメントを受け取ったときは、心が折れることもしばしばあります。腹が立って、夜中に目が覚めてしまい、アメリカ本土に向かって日本語で口汚く罵ってやろうかと思ったことも、多々ありました。もちろん、自重しました。
それでも、そうした厳しい査読を乗り越えて論文が掲載されたときの喜びは格別で、それが私の大きなモチベーションになっています。論文が1本増えるたびに、宝物がひとつ増えたような気持ちになります。そして、その論文が世界中の先生方に引用されると、その宝物がさらに輝きを増すように感じられます。
以前、MOC模型に関する論文の査読がMOCの専門家に回った際、「自分の研究室でもMOCのペーパークラフトを作ってみようかな」といったコメントをいただき、とても嬉しく思いました。厳しい査読が多い中でも、こちらの考えに共感してくださる方がいることが、何よりの励みになっています。
——論文に対する反応はいかがですか?
堀越先生:先日、日本化学会春季年会で発表した際、若い方が声をかけてくださり、「ちょっとぼくの撮った写真を見てください」と言われました。何かと思って拝見すると、私が論文で紹介したMOFのペーパークラフトを、実際にその論文のとおりに作ってくださっていて、その写真を見せていただいたのです。東京大学の先生が私の論文を参考に実際に模型を作り、それを報告するために学会発表に足を運んでくださったことが、本当に嬉しく、心に残る出来事でした。
また、モンゴルの化学者が、居室にペーパークラフト MOC を飾ってくれていると知って、大変光栄に思いました。そして、まだ具体的な成果には至っていませんが、インドネシアの若く優秀な化学教育者の方と、将来的に何か一緒に取り組もうという話を、メールを通じて交わしています。今後の展開が楽しみです。
——論文を通じて、国内外の教育者や研究者に伝えたいメッセージは何でしょうか?
堀越先生:もしメッセージがあるとすれば、こうなるでしょうか。
「ときにはしゃいで、ときにゆるりと、化学を考えてみませんか?」
ちょっとした思いつきや工夫が、やがて論文という形にまで昇華されていく——それこそが、化学教育の醍醐味のひとつだと思っています。そうしたアイデアは、ふざけた会話の中や、ゆったりとした時間の中で、ふと湧いてくることが多いように感じます。
私の論文の多くは、図を見るだけでもある程度内容が伝わるように工夫していますので、ぜひ気軽に眺めてみてください。私は正確さよりも「楽しさ」を大切にしています。
化学コミュニケーションへの情熱
——錯体化学の研究と並行して、化学教育や教材開発にも取り組まれていますね。
堀越先生:そうですね。一方の活動が行き詰まったり、うまく進まなかったりしたときには、もう一方に取り組むようにしています。
これまで、錯体化学の研究と教材開発の両方がとんとん拍子に進んだことは、正直なところ一度もありません。先にも申し上げましたが、錯体化学の研究は、これまで順調に進んだことがなく、とても難しいと感じています。持田先生と研究室のみなさんの助けがあり、今でも少しずつ続けることができています。
高校化学に登場する錯イオンの分野は、教科書の該当ページがカラフルで楽しい印象がある一方で、覚えることが多く、試験では苦労する箇所でもあります。もしここにMOFやMOCといった内容が加われば、高校生にとっては少し難しいかもしれませんが、化学の面白さをより深く伝えられるのではないかと思っています。私の持論ですが、MOFやMOCの“空孔”には、化学の面白さがぎゅっと詰まっているように感じています。
——小中学生、高校生に化学を教える際に意識されていることはありますか。
堀越先生:正確さよりも楽しさを前面に出して、化学の面白さを伝えることを目指しています。もちろん、より詳しく知りたければ、本やWebページを紹介したり、大学で勉強することを勧めたりします。
——具体的な例を教えていただけますか?
堀越先生:例えば化学イベントでは、分子の結合角や結合長を正確に教えることよりも、分子の形や大きさを相対的に伝えることで、学生たちの興味を引くように工夫しています。具体的には、まず水分子がどれほど小さいかを示したうえで、巨大な分子の模型を見せることで、そのスケールの違いを実感してもらいます。また、分子の形を説明する際には、ペーパークラフトで作った分子模型を用いて、視覚的に理解しやすくしています。
——特に印象に残っているエピソードはありますか?
堀越先生:ある科学イベントで、かご型のMOCを工作するブースを出展しました。作ったMOC模型を頭にかぶる小学生が多数いて、それがとても印象的で面白い出来事でした。
このMOCは、分子を取り込むために“かご”のような構造をしているのですが、その子どもたちは本能的にその本質を捉え、自分自身が分子として“包接されている”と感じ取っていたのだなと、感心しました。子どもの発想力には、いつも驚かされます。私もときおりMOCに包接され、心と体を安定化させています。

MOC模型をかぶり頭がよくなった堀越先生
——学生たちに化学の魅力をどのように教えていますか?
堀越先生:研究が楽しいということは非常に重要です。自分が楽しめないと、子供たちに教えるときにその楽しさが伝わりません。時には自分が熱く語りすぎて(楽しみすぎて)しまうこともありますが、それも敢えて見せるようにしています。大人がペーパークラフトを楽しんでいる姿を見せることで、子供たちに情熱を伝えたいのです。小学生から大学生まで、化学の楽しさを熱く語っています。
大学の講義では、化学が裾野の広い分野であることを伝えています。例えば、模型工作も論文になり、世界で認められることがあるという話をします。こうした話を通じて、学生たちに化学の魅力を伝えています。
——先生が考える「理想の化学教育」とは、どのようなものでしょうか?
堀越先生:私が考える理想の化学教育は、アナログ回帰と少しのデジタルを組み合わせたものです。
昭和生まれの埼玉育ちだからかもしれませんが、紙の書籍やノート、分子模型といったアナログなツールには、やはり強い愛着があります。いくらIT化が進んでも、人間の思考の本質は変わらないと思っています。だからこそ、こうしたアナログツールにデジタル技術を適度に取り入れることで、学習効果をより高めることができるのではないかと考えています。
今後の展望
——今後の活動について教えてください。
堀越先生:今後も、腰が低い化学コミュニケーターでありたいと思っています。化学コミュニケーションの活動を続けながら、「楽しさ」を重視した教育を広めていきたいと考えています。科学イベントに参加すると、老若男女を問わず、みんなが工作好きで、そして科学好きであることを実感します。
——ところで、先生のご趣味は「野良猫たちとの歓談」とのことですが。
堀越先生:先ほども少し触れましたが、査読などで気持ちが沈むことがあります。そんなときは“野良猫の集会所”に行き、猫たちを眺めて癒されています。猫たちの様子を見ていると、自然と気持ちが和らぎ、少し元気が出るんです。たまに声をかけることもありますが、猫たちはただこちらを見ているだけで、それでもどこか会話をしているような、穏やかな時間が流れます。
余談ですが、私の母は飼い猫とよく雑談していました。「あなたも結構大変ね」とか、「もう一度言ってみなさい」とか、「猫としての自覚が足りない」とか、母は猫に向かって言っていました。

研究相談中の猫教授たち

ときおり研究報告に来る助手猫
私は猫が本当に好きで、将来的には「猫の化学」といったテーマで研究ができないかと考えています。猫の習性ではないですが、化学的な視点から何か説明できないか興味があります。
猫を題材にすることで、今の時代、さまざまなものが注目されやすくなっていますし、論文も猫を前面に出すことで、より多くの人に読んでもらえるのではないかと期待しています。
——そのほか新しい教材のアイデアや、夢や目標があれば、お聞かせください。
堀越先生:他にも挑戦してみたいことはあります。
例えば、Eテレで放送されている「ピタゴラスイッチ」が好きで、時々観ているのですが、それを参考にして、ピタゴラ装置やストップモーションアニメを使って、化学反応のしくみや分析装置のカラクリを解説してみたいと思っています。以前、ピタゴラ装置を参考にした教材を開発したこともあります。8) レゴブロック以外の知育玩具にも化学教材としての可能性を感じていて、いろいろ買っては遊びながら試しています。
また、高校化学の教科書に登場するいくつかの化学物質や化学反応を、手作りの模型で表現・解説したいという思いもあります。高校生に「化学って面白いな」「もっと詳しく学んでみたいな」と感じてもらえるようなアウトリーチ活動をしていきたいですね。
とにかく真面目一辺倒にならないように、「オフ・ザ・ケム」の精神で、遊び心を忘れずに取り組んでいきたいと思っています。
8) Horikoshi, R.; Takeiri, F.; Mikita, R.; Kobayashi, Y.; Kageyama, H. “Illustrating the Basic Functioning of Mass Analyzers in Mass Spectrometers with Ball-Rolling Mechanisms”, Journal of Chemical Education, 2017, 94, 1502–1506.
https://doi.org/10.1021/acs.jchemed.7b00297
——本日は貴重なお話をありがとうございました。
今回のインタビューを通して、堀越先生の化学教育に対する熱い想いと、型破りな発想に触れることができました。ユーモアを交えながら、化学の楽しさを伝える堀越先生の活動は、これからの化学教育に新たな可能性を示唆しています。アナログ回帰を訴えながらも、常に新しいアイデアを追求する堀越先生の今後のさらなるご活躍を期待しています。
受賞者紹介

堀越 亮(ほりこし りょう)先生
2002年東邦大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了。博士(理学)取得。研究員・会社員・公務員を経て、2024年岡山理科大学教育推進機構基盤教育センター教授。お子さま理科大学おきらく理学部おもしろ化学科(兼担)。現在に至る。2023年東レ理科教育賞・企画賞を受賞。
Off the Chem ホームページ: https://sites.google.com/view/offthechem