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分野の垣根や常識を越えた発想がデータベース活用の鍵になる

ICSD ユーザーインタビュー

2016年12月掲載

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 細野研究グループ

教授 細野 秀雄 先生
准教授 松石 聡 先生
助教 飯村 壮史 先生

左から飯村先生、松石先生、細野先生

IGZO系トランジスタや鉄系超伝導体の開発など、画期的な材料開発で世界の注目を集める東京工業大学細野教授の研究グループの皆様に、ICSDの活用方法について伺いました。

透明酸化物へのこだわりから、分野を超えた新発見へ

——細野先生のご研究内容について教えてください。

細野先生:研究生活をスタートさせた1982年からずっと、ガラスなどの透明な酸化物の研究を続けています。東京工業大学に来たのは1993年ですが、そのときも「透明酸化物を利用した電子機能材料の創製」を研究の基本テーマに掲げました。ただ、当時は半導体といえばアモルファスシリコンが主流でしたから、ガラスのようなアモルファス酸化物で研究をしている私たちは、半導体業界では異端者のような扱いでした。それでも、新しいことに挑戦したいという一心で研究を続けた成果のひとつが、In-Ga-Zn-O系薄膜トランジスタ(IGZO-TFT)の開発だと思います。現在ではタブレットPCやスマートフォンに使われている材料ですが、発表当時は見向きもされなかったことを思うと、非常に感慨深いものがあります。

——ノーベル賞の有力候補として細野先生のお名前が挙がっていますね。

細野先生:2008年に発表した「鉄系超伝導体の発見」に関する論文の年間引用件数が世界一になったためでしょう。以前は、鉄のように磁気モーメントの大きな元素は超伝導性を持たないという考え方が主流でしたが、この研究はそうした常識を覆したのです。それではなぜ鉄の発見につながったかというと、透明酸化物の研究とは別に、「半導体に磁石の性質を持たせる」研究を続けていたことが要因でしょう。この研究で、鉄を主成分とするオキシニクタイド化合物(LaFeAsO)中の酸素イオンをフッ素イオンに置換することでどのような電気的性質が得られるかという試みを行ったのですが、結果として超伝導体を得ることに成功したのです。大きさの類似したイオンを置換するという手法は、半導体研究では一般的な手法ですが、これが超伝導研究の世界に新しい発見をもたらしたのです。ひとつの分野や常識といったものにとらわれず、様々な環境を経験し、垣根を越えることが、新しい発見につながるというよい例でしょう。

細野先生

鉄系超伝導体 LaFeAsO(ICSD Collection Code: 173432;表示ソフト:VESTA)

アイデアや切り口の独自性が、データベースの活用に必要

——データベースに求めるものとは何でしょう。

細野先生:最も重要なのは、正確性と網羅性の二つであると考えています。例えば、結晶構造の内部にどの程度の隙間があるか調べたいとき、データが間違っていたとしたら、研究の大きなつまずきになります。また、すでに報告のある数値にも関わらず、データベースに収納されていないとしたら、他の方法を考えなくてはいけなくなり、研究の遅れの原因になります。正確性と網羅性、この二つが揺らいでしまうと、データベースとしては役に立たないといってもよいでしょう。

——普段のご研究で、データベースをどのようにご活用されていますか。

細野先生:データベースというものは、ただ眺めているだけでアイデアの浮かんでくるようなものではありません。そして、データベースをどのように利用するかという点に、研究者の独自性が発揮されるのだと考えています。私の場合は、現在の研究方針や新しいアイデアを満足させる物質を探す目的で、データベースをよく利用します。どのような切り口で検索をかければ目的の物質にたどり着けるか、といった部分に知恵を使うことこそが、サイエンスの本質であるといってもよいでしょう。
実際、データベースの活用法というものは、研究者によって異なるはずだと考えます。ある研究者にとって見通しのよい検索条件が、他の研究者にもそうであるとは限りません。例えば、実格子空間から検索をかけたことがいい場合もあれば、逆格子空間からの方がよいこともあるでしょう。これから研究を始める方には、ぜひそうした部分での試行錯誤をして欲しいと思います。

松石先生:新しく作製した物質について構造解析をしたいときなどは、先ほど細野先生のおっしゃっていたような、研究者の「探し方」が問われる場面でもあると思います。求めている物質そのもののデータは載っていなくても、例えば結晶構造や組成の類似している物質が掲載されている可能性はありますから。検索の際の切り口をどう定めるかという能力は、データベースを利用する上で、常に求められていると思います。
また、網羅性を備えたデータベースは、研究の新規性を証明する上でも大きな役割を果たすと考えています。ある物質に関する情報がデータベースのどこにも載っていなかったとしたら、その物質のオリジナリティや新規性に大きな自信を持つことができますし、研究を進めるきっかけにもなります。検索して「ないな」とわかると、喜んでしまうくらいです。

飯村先生:「結晶構造の隙間を検索する」という目的ひとつとっても、求める物質の物性について考えてからでないと、検索のきっかけをつかむことができません。実は、結晶構造の隙間というものは、かなり研究者依存の強いものとなっていて、算出の基準にイオン半径を用いる研究者もいれば、原子半径、あるいは金属半径を用いる研究者もいます。検索条件をどのように設定するか、という独自性にデータベースの活用度は大きく左右されるでしょう。そして、自分の中にアイデアのない状態では、独自性のある活用は非常に難しいと考えます。

松石先生

飯村先生

SiO2 の結晶構造 (ICSD Collection Code: 201354)

——これからのデータベースに求めることを教えてください。

細野先生:教材として使えるデータベースがあればよいのに、と考えています。例えば、ICSDには結晶構造の3D表示機能があって、結晶構造を様々な角度から観察することができますね。結晶構造というものは、内部エネルギーをどのように配分するかによって決められています。実際の結晶構造を眺めることは、そうしたイメージを理解する助けになると思います。SiO2のように、学部生の頃からなじみ深い、ごくありふれた物質であっても、Si-O-Siの角度や距離、エネルギーや結合の強さの関係など、学ぶところは多く存在します。結晶構造がどう決まっているかのイメージを早い段階で得ることは、将来の研究で新しい発想をするための手助けになると思います。

オリジナル文献との紐づけから生まれるICSDの信頼性

——ICSDはいつごろから使われていますか。

細野先生:15年ほど前からずっと利用しています。当研究室では全員がICSDを使っていますね。先ほども述べたように、データベースには正確性と網羅性の2点を求めているのですが、ICSDはそうした部分に信頼がおけるデータベースのひとつです。その理由としては、ICSDには収録データに文献情報がきちんと記載されているからです。オリジナルの文献が確認できないと、データへの信頼性も揺らいでしまいます。そして、文献を読むことによって、新しいアイデアへのきっかけがつかめることがあります。ICSDの便利な点を挙げるとすれば、そうしたところになるでしょう。

ICSD の文献情報画面 (製作元の専門スタッフが当該レコードを検証し、警告(矛盾点などの情報)やコメントがあれば レコードに記載され、右上の "Warnings & Comments" にそれらの数が表示されます。)

——実際に新しいアイデアが生まれたエピソードなどがありましたら教えてください。

細野先生:鉄系超伝導体の研究をしていたときのことですが、私たちは当時、ハイドライドで超伝導体のドーピングを行っていました。そうした切り口でICSDを眺めていたときに、希土類は通常3価の価数を持っていますが、希土類ハイドライドはLaH2やSmH2など2価の状態で存在しているということに気が付いたのです。普通であれば簡単に変わるはずのない原子価が変わってしまうような、何か面白い系があるのではないかと考えつきました。それがLaFeAsOを開発するひとつのきっかけになりました。

JAICI:細野先生ならではの見方でICSDをご活用いただけた結果、鉄系超伝導体が開発されたのですね。

細野先生:化学分野の人だけではなく、物理分野の人であっても、きっとICSDを上手く利用することができると思います。固体物理の研究をされている方などは、物性に興味を持って物質を探すことが多いでしょうから、彼らなりの検索方法でデータベースの新しい活用方法を見出すかもしれません。

分野の垣根を乗り越えた、新しい教育方法の模索

——現在のトレンドはどのようなところにあるのでしょうか。

松石先生:研究者がまだ探していないことが多い領域は、構成元素が4元素の物質ではないでしょうか。2元素や3元素であればデータベースから探すことができるでしょうが、逆にいえば他の研究者にやり尽くされていて、オリジナリティが発揮できない領域であるともいえます。もっとも、合成条件によっては同じ構成元素でも別の物性を持つことがありますから、一概にはいえません。

細野先生:昔に比べてコンピューターの計算能力が大幅に進化したことで、おおまかな物性を算出する人は増えたと思います。データベースを検索していても、計算のみで得られた結果を目にする機会が増えていると感じます。電子相関などの細かい物性を計算のみで得るのはまだまだ難しいですが、安定性や格子定数であれば、簡単に算出できる時代になっています。むしろ、そこまではやって当然、という風潮が強くなってきていますから、研究に求められるレベルもどんどん高くなってきているといえるでしょう。

——今後の展望についてお聞かせください。

細野先生:実は、新しい教科書を作りたいということをずっと考えています。有機・無機・金属といった、これまでの化学の分類を超えた新しい教育のための教科書が世の中には必要なのではないかと感じる機会が増えているせいです。現在の化学教育というものは、いわば多項式に展開したような状態にあると思うのですが、人間の頭脳の容量にはどうしても限界があるものです。ですから、何でも詰め込むというのではなくて、因数分解をした状態で頭に入れた方がよいのではないかと考えています。
世の中の人はなぜ新しい物質が欲しいのかというと、新しい機能が欲しいからですね。では、機能とは何で決められるものかと考えると、物質を構成する元素の集合体としての性質によって決められます。これまでの化学教育は、元素や分子といった構成要素を覚えることに重要性が求められていて、機能や物性といったことに対して無頓着でした。しかし、これからは機能や物性といった切り口から、独自の目線でデータを整理できるような力をつけるための教育が求められるでしょう。有機・無機・金属といった分類を気にせず、さらには化学や物理といった分野の垣根を乗り越えることができるような教科書を作りたいと思います。
もちろん、今の無機化学の教科書もとても進歩した、いい教科書です。私が学生だった頃よりはずっと進歩しました。その進歩には、90年代の高温超伝導の貢献が大きかったと考えています。高温超伝導が出てきたことにより、物理の分野の方が無機化学に関わることが増えて、様々な要素が電子物性と結びつきました。分野の垣根を乗り越えたからこその結果ですね。これからは、そうやって有機・無機・金属といった、化学の世界では常識となって固まってしまっているような分類も、徐々にほぐしてゆければいいと考えています。

JAICI:本日はどうもありがとうございました。

ユーザー紹介

細野 秀雄 (ほその ひでお) 先生

埼玉県生まれ。
1982年 東京都立大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士
1982年 名古屋工業大学助手
1990年 名古屋工業大学助教授
1993年 東京工業大学助教授
1997年 東京工業大学応用セラミックス研究所 助教授
1999年 東京工業大学応用セラミックス研究所 教授
2004年 東京工業大学フロンティア研究機構 教授
2012年 東京工業大学元素戦略研究センター長
現在に至る。
日本化学会賞、藤原賞、紫綬褒章、仁科記念賞、恩賜賞・日本学士院賞、日本国際賞など受賞多数。

松石 聡 (まついし さとし) 先生

2000年 東京工業大学工学部無機材料工学科卒業
2005年 東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)取得
2007年 東京工業大学フロンティア創造共同研究センター 助教
2010年 東京工業大学応用セラミックス研究所 助教
2013年 東京工業大学元素戦略研究センター 准教授
現在に至る。
井上研究奨励賞、凝縮系科学賞、文部科学大臣若手科学者賞など受賞。

飯村 壮史 (いいむら そうし) 先生

2010年 信州大学繊維学部精密素材工学科卒業
2012年 東京工業大学総合理工学研究科材料物理科学専攻修士課程修了
2013年 東京工業大学応用セラミックス研究所助教
現在に至る。

化学情報協会では、ICSDやCSDなどX線構造解析で決定された結晶構造のデータベースや物性データベースを扱っております。ICSDには格子定数、原子座標、空間群を始めとする結晶情報、出典情報が収録されています。