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素晴らしい仲間とともに高め合う最高のプログラムでした

2023 CAS Future Leaders プログラムに参加して

2023 年 10 月掲載

東京工業大学物質理工学院応用化学系専攻 博士後期課程 大塚研究室

横地 浩義(よこち ひろぎ)さん

CAS Future Leaders は世界中の情報検索に興味があり CAS SciFinderⁿ を日々活用している化学分野の博士研究員・大学院生を対象とした情報交換プログラムです。

CAS本部にて2023 CAS Future Leadersプログラム参加メンバー(横地さんは最後列左から3番目)

米国化学会の情報部門CASが主催するCAS Future Leadersプログラムが、2023年8月に米国オハイオ州コロンバスで開催されました。世界中から選ばれた気鋭の若手研究者の一人として日本から参加した東京工業大学の横地さんに、プログラムについて伺いました。

——横地さんの研究テーマとCAS SciFinderⁿの普段の活用法を教えてください。

横地さん: 私の専門は高分子化学で、動的共有結合ユニットの組み込みによる高分子の一次構造制御について研究しています。動的共有結合は、可逆的に解離‐付加することができ、構造体の中で結合が組み換わるという特徴があります。この性質を利用して、官能基許容性が高いラジカルプロセスで駆動する動的共有結合ユニットを高分子に組み込み、高分子の末端構造の制御を可能にしたり、環状高分子や8の字型高分子の合成を達成したりしてきました。現在は、これまでに研究室で培った合成技術と、専攻とは別に所属している物質情報・卓越教育院(TAC-MI)で学んだ計算科学を組み合わせて、強靭な架橋高分子の創成と、その強靭化メカニズムの解明を目指しています。

Yokochi, H; Takashima, R; Aoki, D; Otsuka, H. Using the Dynamic Behavior of Macrocyclic Monomers with a bis(hindered amino)disulfide Linker for the Preparation of End-functionalized Polymers. Polym. Chem. 2020, 11(21), 3557-3563.

Yokochi, H; Ohira, M; Oka, M; Honda, S; Li, X; Aoki, D; Otsuka, H. Topology Transformation toward Cyclic, Figure-Eight-Shaped, and Cross-Linked Polymers Based on the Dynamic Behavior of a bis(hindered amino)disulfide Linker. Macromolecules. 2021, 54(21), 9992-10000.

高分子の合成では、まず低分子のユニットを設計してから高分子に展開するというプロセスを踏むことが多いです。この低分子のユニットを新規に開発する際に、CAS SciFinderⁿを利用して合成経路や新規性を検討しています。合成したい化合物に関する既報を一覧で表示することができますし、同じ合成経路でも使う試薬の量が異なる場合もあり最適な条件を判断するツールとしても重宝します。

——プログラムに申し込まれたきっかけと動機を教えてください。

横地さん:実は、CASから参加者募集のメールを受け取るまでこのプログラムの存在を知りませんでした。ただ、コロナ禍でなかなか国際学会に参加できず、世界中の博士課程の学生や博士研究員の人たちと知り合う機会がないことを常々残念に感じていたので、これは博士課程最後の願ってもないチャンスに思えました。また、博士課程2年のときにスタンフォード大学に半年間留学した経験を活かしたいという気持ちも、応募を強く後押ししました。

——プログラムへの参加決定後、周囲からはどのような反応がありましたか?

横地さん:初めての応募だったこともあり、採択の通知には自分自身はもちろんのこと、推薦してくださった教授も驚いていました。有機合成化学などの分野の人と比べると私がCAS SciFinderⁿを利用する機会はそれほど多くありません。応募時のエッセイ執筆には苦心しました。その努力が報われた気がしましたし、教授や先生方などたくさんの方々からお祝いの言葉をいただいて、とても嬉しかったです。

——どのようなプログラムでしたか?

横地さん:11日間にわたるプログロムの前半約1週間は、様々なワークショップに参加しました。1日目に行われたStory tellingのワークショップでは魅力的に話し伝えるための、3日目に行われたコーチングのワークショップではよいメンターになるためのスキルを教わりました。ロールプレイを交えて学ぶのは初めての経験で、今まで漠然と感じていた疑問がするすると解消されていきました。あらかじめ課題が出されていたこともあり、どのようなことを行うのかある程度予想はしていました。しかし、どのワークショップもその予想をはるかに上回る濃い内容でした。こうした経験を携えて、プログラム後半は米国化学会秋季大会に参加しました。

——参加メンバーについて教えてください。

横地さん:博士研究員が大半で、博士課程の大学院生は数名だけでした。すでに、助教授の職に就いている人もいて驚きました。地域としては、米国の大学に在籍中の人が半分以上で、残りは欧州からです。中国と日本からは一人ずつ参加しました。どのメンバーも業績はもちろんのこと、人間的な魅力にあふれていました。誰か一人がリーダーとしてリードするのではなく、一人ひとりのリーダーシップを尊重して互いに高め合おうという意識をもった参加者ばかりでした。

——ディスカッションはどのように行われましたか?

横地さん:6人グループの中で2人組になって議論し、その内容をグループ内に共有するという形式でディスカッションは行われました。その日の朝食で同じテーブルについた人がそのままワークショップのグループになる流れで、毎日違う顔ぶれで議論することができます。計算科学が専門でシミュレーションを行っている人など、学会などではめったに交流の機会がない分野の人たちとも深く話し合うことができました。いつも和気藹々としていて、お互いの発言に熱心に耳を傾けている様子が今も鮮やかに目に浮かびます。

——ディスカッションで印象に残っているトピックスをご紹介ください。

横地さん:Story tellingのワークショップが印象に残っています。化学とは離れて、過去の自身の経験を5分程度にまとめて話すというもので、まずペアになった人に物語を聞いてもらい、その人の意見も取り入れながら、ブラッシュアップしていきます。そのようにして最後に仕上がったものをまた別の人に聞いてもらうのです。ブラッシュアップすることで物語がどんどんよくなっていくのを実感でき、とても楽しかったです。

——ディスカッションで横地さんにとって新たな発見はありましたか?

横地さん:これもまたStory tellingのワークショップで学んだことですが、物語に抑揚をつけることの効果に気が付きました。例えば、嬉しい出来事を話すときには、その前の嬉しくない状況から話し始めると物語に傾きが加わり、より魅力的に伝わります。今まで話の中に谷や山を作ることは意識していなかったので、友人との会話など日常でも積極的に取り入れたいです。

——今回のプログラムでCAS SciFinderⁿやCASのデータベース作成など情報検索において新たな知見は得られましたか?

横地さん:2日目にCAS本社内を見学して、CAS SciFinderⁿが世界一の情報量を提供している仕組みや今後の展望についてお話を伺いました。現在は化学系が主なターゲットですが、さらに広い分野へのアプローチを検討しているとのことで、将来的に分野の融合を支えるようなツールへと進化する可能性を感じました。

——ディスカッション以外のアクティビティはいかがでしたか?

横地さん:キックボールやピザ作りといったアクティビティを通して、参加者同士の親睦が深まりました。空いた時間に、一緒にアイスクリームを食べに行ったり、バーに行ってゲームをしたりするほどです。プログラム後半の米国化学会秋季大会中は、プログラムで知り合ったお互いの発表を聞いて議論するなど、短い期間であったにもかかわらず一生の友と呼べる関係を築くことができました。

ピザ作りのチーム

夕食後、皆でアイスを食べているところ

CAS Future Leaders 2023メンバーの米国化学会秋季大会でのポスター発表を聞きにいったところ

――米国化学会秋季大会では何をされましたか?

横地さん:高分子のPOLY General Topicsというセッションで20分の口頭発表を行いました。その発表が評価されてOral awardをいただきました。国際学会で表彰されることは私の目標の一つでもあったので、その夢が叶い喜びもひとしおです。

米国化学会秋季大会で口頭発表賞を受賞

――米国化学会秋季大会についてご感想をお聞かせください。

横地さん:開催地のサンフランシスコの気候は、とても過ごしやすかったです。化学分野の中で最も規模が大きいこの学会では、複数の会場で並行して発表が行われます。私はメカノケミストリーのセッションを中心に発表を聞きました。日頃から論文を目にしている錚々たる研究者が一堂に会し、最先端の研究成果を報告したり活発に議論したりしている様子に、心が踊りました。

――参加者に対するCASのスタッフの姿勢はいかがでしたか?

横地さん:スタッフは温厚な方ばかりで、常に参加者を見守り、温かく接してくれました。プログラムを成功させるためにスタッフ全員が試行錯誤しながら協力的に進めていることが感じられました。特にワークショップでは、相手の発言をどのような観点でとらえ、どういったアドバイスをすればいいかといったことを必要に応じて的確にスタッフが示してくれたおかげで、実りの多い時間になりました。また、ワークショップだけでなく、例えば食事では、飽きることのないよう毎日メニューを変えるなど、隅々まで配慮していただきました。

――このプログラムを経験したことで横地さんご自身の中に変化はありましたか?また今回の経験を将来どのように生かしていきたいですか?

横地さん:ワークショップで学んだスキルは、将来必ず役立つと感じています。意見の伝え方やコーチング方法などは、これから経験するであろう悩みや壁を乗り越えていく力となるでしょう。短期間に多くのことを学び消化しきれていないこともありますが、これから実践を経て、自分のものにしていきたいと考えています。

 また、様々な国からの参加者と交流を深めたことで、日本で大学院生が置かれている立場や状況について考えるようになりました。大学院生を研究者とみなし生活費まで支給するシステムの国がある一方で、日本ではまだ、大学院生の多くは学生として授業料や生活費を負担しています。プログラムなどを通して知った海外の様子を伝えることで、将来の研究を担う大学院生を取り巻く環境がよりよいものになればと期待しています。

――次回のプログラムに参加しようと考えている学生・博士研究員にメッセージをお願いします

横地さん:CAS SciFinderⁿをあまり使っていないからと応募をためらう人もいるかもしれませんが、必ずしもCAS SciFinderⁿに熟知しているという理由で選ばれるわけではありません。私の場合は、応募時のエッセイでは、CAS SciFinderⁿの機能面だけではなく読んでて楽しくなるような独創的な文章構成で挑戦しました。実は、昨年のプログラムに日本から参加された藤井さんに、エッセイの書き方などアドバイスをもらっています。面識のない私からの突然のお願いにもかかわらず、親身になってお返事をくださった藤井さんにはとても感謝しています。

 私は幸運にも初めての応募で選ばれましたが、参加者の中には3回目でやっと採択されたという人もいました。このプログラムには、何度でも挑戦する価値があります。応募時のエッセイや実際のプログラムの様子は私のYouTubeチャンネル(チャンネル名 : ひろの日常/博士課程DC1)で公開しますので、この素晴らしいプログラムにこれからチャレンジする方々に役立ててもらえれば嬉しいです。

――プログラムで得た経験を発信しておられるのですね。Story tellingを実践され、これから益々飛躍されることを願っております。本日はどうもありがとうございました。

CAS について

CAS は、世界中のイノベーターと提携し科学の進歩を加速する科学情報ソリューションのリーダーです。CASでは、未知との関連性を明らかにするために、1400人の専門家が科学的知識を精選して関連付け、分析しています。100年以上もの間、科学者や特許専門家、そしてビジネスリーダーは、hindsight(過去分析)、insight(洞察)、そしてforesight(先見の明)を獲得し、過去の知識を基盤としたより良い未来を発見するために、CASのソリューションと専門知識を信頼してきています。CASは、米国化学会の情報部門です。 詳しくは cas.orgをご覧ください。