化学情報協会

製品・サービス

ICSDを駆使して挑む第一原理計算による革新的な電池材料の探索

ICSD ユーザーインタビュー

2022年12月掲載

一般財団法人ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 電池材料解析グループ

グループ長・主席研究員 桑原 彰秀 博士

電池材料の性能を決めるメカニズムを電子・原子レベルで解析する一般財団法人ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所の桑原彰秀博士に、その解析手法においてICSDが果たす役割について伺いました。

電池材料の性能を第一原理計算で評価

——桑原さんが取り組まれている研究のご紹介をお願いします。

桑原さん:私の研究グループでは、蓄電池、リチウムイオン二次電池、燃料電池などの電池全般を対象に、用いられる材料の分析や解析を行っています。電池の材料には、金属元素の陽イオンに何らかの陰イオンが結合した酸化物や硫化物といったいわゆるセラミックスがよく使われています。これらの物質を電子顕微鏡で分析する、また、理論計算で解析するなどして、電池材料の性能を決めるメカニズムの解明に取り組んでいます。既に電池として使用されている材料については、電池材料として有用である理由や劣化してしまう原因などを電子・原子レベルで解析しています。また、最近では、新しい電池の材料を探索する研究も増えてきました。電池材料としての向き不向きを理論計算で予測して、候補材料として序列を作り、性能がよさそうな材料から試していこうという取り組みです。ファインセラミックスセンター内で合成や物性評価を中心的に行っている材料技術研究所の材料を解析することもありますし、外部機関から依頼を受けて分析や解析を行うこともあります。

——どのような解析手法を用いられていますか。

桑原さん:私自身は、第一原理計算という手法を用いて、量子力学に基づいて物質の電子状態を計算する解析を行っています(図1)。物質の特徴や性質は、一般的にはその電子状態によって決まります。例えば、鉛筆の芯などに使われる黒鉛は炭素からできていますが、光り輝くダイヤモンドも同じ炭素からできています。黒鉛は黒くて柔らかく電気を通す一方、ダイヤモンドは無色透明で地球上で最も固く、熱と光は通しますが電気を通しません。これは両者が同じ原子で構成されるにもかかわらず、原子の並び方である結晶構造が大きく異なるため、その電子状態が変わって全く違う性質を示すためです。物質の電子状態がわかると、その物質が特定の性質を持つ理由が明らかになります。

 第一原理計算を行うことで、各物質の持つエネルギーや物質の状態が変化したときのエネルギーの変化量を計算できます。例えば、2つの原料AとBを混ぜることで異なる物質Cができるかどうか、つまり、AとBの持つエネルギーの合計とCの持つエネルギーを比較します。エネルギーはより小さい方の状態が安定ですので、エネルギーを計算、比較することで、AとBから本当にCができるかということを判定することができます。また、電池の電極に使われている活物質が充電されている状態と放電されている状態でのエネルギー差を計算することで電池の起電力を定量的に評価することもできます。さらに、電池内ではリチウムイオンやプロトンが移動していますが、イオンが移動しにくい、つまり、抵抗が大きくなると電池の出力が落ちてしまいます。そのようなイオンの移動度を計算して、電池の出力特性を知ることができます。その他、触媒粒子の表面でガス分子を改質する触媒反応が起こるかどうかといったことも調べることができます。

第一原理計算 (First principles calculations)

実験結果のような経験情報を用いることなく原子の位置情報量子力学の基本原理から,安定構造や物性を計算する手法

カリフォルニア大学サンタバーバラ校のW. Kohn教授は密度汎関数理論(上式)の功績により1998年ノーベル化学賞受賞

炭素の同素体

黒鉛

柔らかい
電気を流す

ダイヤモンド

最も硬い物質
絶縁体

炭素原子の配置の違いにより
結合状態が異なり、物性が変わる

化学結合や電子構造を知ることで
物質の持つ特性を理解する

図1 第一原理計算 (First principles calculations)

物質の性能を特徴づける電子状態の決定に不可欠なICSD

——ICSDをどのように活用されていますか。

桑原さん:第一原理計算で物質の電子状態を解析することで、物質の性能を電子レベルで明らかにすることができます。しかし、物質の結晶構造がわからないと計算をすることができません。物質の組成から結晶構造を推測する手法もありますが、簡単には正しい構造を導けるものではないのです。正確な結晶構造と考えられる最安定な原子の並び方を見つけるまで計算を続けなくてはいけないため、解析にかかる時間は予想できません。そこで、ICSDの結晶構造データを活用して計算を行っています。ICSDには既に決定された膨大な結晶構造のデータが収録されており、ICSDは第一原理計算の解析になくてはならないデータベースといえます

図2 無機結晶構造データベースICSDのレコード画面例

——ICSDを活用した研究例を教えてください。

 

桑原さん:第一原理計算による解析は20~30年前はまだあまり信用されていませんでしたが、今では、実験結果と整合する結果が得られ、材料特性の発現機構の解明、反応や傾向の解釈に有用であると材料科学の領域で広く認識されるようになってきました。そのため、私たちも、ICSDに掲載されている既知のセラミックスである窒化ケイ素(Si3N4)について、異なる結晶構造(α、β、γ相)(図3)のデータと第一原理格子動力学計算を用いて各相のギブス自由エネルギーを計算し、相安定性評価ツールとしての第一原理計算の信頼性を検証しました1。物質の状態が変わることを相変態と言い、例えば水では固相、液相、気相と存在状態が変わります。セラミックスの中には、固相状態のまま、結晶構造が変わる相変態を起こすものがあります。

 

1.  A. Kuwabara, K. Matsunaga, and I. Tanaka, Phys. Rev. B, 78, 064104 (2008)

図3 窒化ケイ素(Si3N4)のα、β、γ相の結晶構造

 

また、固体酸化物燃料電池の材料であるジルコン酸バリウム(BaZrO3)にアクセプター添加物を固溶させて、温度を少し上げた状態で水蒸気雰囲気にさらすと、酸化物イオン空孔の水和反応が起こって結晶格子中へプロトンが溶解してプロトン伝導性を示すようになります。そこで、ICSDに掲載されている既知の酸化物である酸化スカンジウム(Sc2O3)、酸化ネオジム(Nd2O3)、酸化インジウム(In2O3)などの結晶構造データを用いて、これらアクセプター添加物BaZrO3に対するプロトン溶解エネルギーを計算して、どの元素を添加するとよりプロトンが入りやすくなるかという傾向を定量的に調べました2

 

2.  Yoshihiro Yamazaki, Akihide Kuwabara, Junji Hyodo, Yuji Okuyama, Craig A. J. Fisher, and Sossina M. Haile, Chem. Mater., 32, 7292−7300 (2020).

図4 BaZrO3におけるZr4+サイトへのY3+の置換固溶と酸化物イオン空孔形成反応の計算。固溶反応に関与する結晶相と作製した点欠陥のスーパーセルモデルのエネルギー計算から固溶しやすさを定量評価。

環境にやさしい社会を実現する次世代の電池材料を求めて

——今後の電池材料開発の展望をお聞かせください。

桑原さん:現代社会では電池のない生活はもはや考えられないと思います。電池がなくなるとスマートフォンもノートパソコンも電気自動車も使えなくなってしまいます。私たちは、多くの方がより便利で快適な生活を送れるように、現在の電池より性能が優れた革新的な次世代二次電池を開発したいと考えています。「ポストリチウムイオン二次電池」などと呼ばれていますが、急速充放電が可能で劣化しにくい電池、さらに容量も大きく3~4日充電しなくてもモバイル端末を使えるような電池です。最近ではドローンが商品化されて一般的に使用されるようになりましたが、それは高出力電池の小型化・軽量化が実現したためで、革命的なことでした。今後、また新たな技術革新が起これば、電気自動車の普及も期待できるでしょう。

 社会の脱炭素化に向けて、電気自動車だけではなく、水素を利用して発電する燃料電池の開発も進められています。現時点では燃料電池の費用が高いため、まだ広く普及しておらず、石油エネルギーに依存している状況です。太陽電池のような再生可能エネルギーで水から水素を作れるようになれば、いずれは化石燃料に頼らずエネルギーを供給できるようになるかもしれません。脱炭素社会の実現を目指して、燃料電池や蓄電池となり得る新たな電池材料の探索に取り組んでいきたいと思っています。

JAICI:とても夢のある研究ですね。私たちも次世代型電池の開発や脱炭素社会の実現を願っています。本日はありがとうございました。

ユーザー紹介

一般財団法人ファインセラミックスセンター(JFCC)

〒456-8587 名古屋市熱田区六野二丁目4番1号

1985年に、中部経済連合会が中心となって、窯業が盛んな愛知県にファインセラミックスに関する研究、試験、評価を行う財団法人として設立された。2007年に、JFCCの2つ目の研究所となる「ナノ構造研究所」が設立され、「材料技術研究所」と連携して、ファインセラミックスを中心とした新しい材料分野で幅広い研究開発を進めている。

(写真引用元:https://www.jfcc.or.jp/about/)

桑原 彰秀(くわばら あきひで)博士

2003年 東京大学大学院工学系研究科博士課程材料学専攻修了。2003年4月 京都大学工学研究科日本学術振興会特別研究員(PD)。2004年4月 京都大学工学研究科 助手。2007年1月 オスロ大学 日本学術振興会海外特別研究員。2008年9月 一般財団法人ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所 研究員に着任、同研究所 上級研究員、主任研究員を経て、2021年7月同研究所 主席研究員に就任、現在に至る。

化学情報協会では、ICSDやCSDなどX線構造解析で決定された結晶構造のデータベースや物性データベースを扱っております。ICSDには、無機化合物や金属、金属間化合物などの結晶情報、出典情報が収録されています。

製品・サービス