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ポリ酸―魅力的な無機高次構造体のX線結晶構造解析に必須となる ICSD

ICSD ユーザーインタビュー

2015年12月掲載

日本大学文理学部化学科

尾関 智二 教授

研究室の集合写真。尾関先生 (前列右から2人目)

ポリ酸(ポリオキソメタレート)の生成機構や結晶化機構の解明に携わっている日本大学文理学部の尾関教授に、研究における無機結晶構造データベース(ICSD:Inorganic Crystal Structure Database)のご活用について伺いました。

旧制日本大学高等師範部の流れをくむ教員養成の伝統を誇る学び舎

——日本大学文理学部について教えて下さい。

尾関先生:文理学部は文系と理系の複合した学部で、日本では日本大学に唯一存在する学部です。人文科学、社会科学、自然科学の諸分野にわたる学科があり、協力し合って総合的な教育を推進しています。
伝統的に旧制日本大学高等師範部の流れをくむことから、教員を志している学生が多いことも特徴です。例えば東京都の中学校教諭は、日本大学文理学部出身者が東京学芸大学に次いで多いそうです。私の研究室にも教員を志している学生が日々切磋琢磨していますよ。

——教員志望の学生さんが多い中、先生が研究指導で心がけていることはありますか?

尾関先生:実験の報告や文献の紹介を行う際に、正しい用語を用いて、論理的な文章で表現することです。化合物や器具などの名前を自分流に省略して使う人はたくさんいます。しかし、教員として生徒に教える時には、我流の略称は百害あって一利なしですので、普段から正しい用語を使用する習慣を付けてもらうようにしています。また、生徒が新しい知識を得ようとするときに、教員の説明が論理的でなければ、生徒が内容を論理的に理解することは不可能です。このようなわけで、研究指導の大きな部分を国語が占めています。もっとも、これは教員志望の学生に限ったことではありません。技術職や営業職に就く学生にとっても、上司や顧客への説明の際に、正しい用語を用いて論理的に表現することは非常に重要だと思っていますので、用語や文章表現の指導には力を入れています。

金属原子と酸素原子が織り成す高次構造体―ポリ酸の魅力

——先生が研究されているポリ酸の魅力について教えて下さい。

尾関先生:私が初めてポリ酸に触れたのは、佐佐木行美教授のもとで卒業研究を始めたときです。ポリ酸は、数個から数百個のモリブデンやタングステンなどの遷移金属原子に、数十個から千個程度の酸素原子が単原子配位子として結合した錯体であり、分子性の金属酸化物とみなすことができます。単純な組成でありながら多彩な分子を生成するため、構造化学的に非常に興味深く、魅力的な無機化合物です。
これまでさまざまな金属のポリ酸を扱ってきましたが、特に5価と6価のモリブデンからなるポリ酸は、500個以上の原子からなる巨大な球状分子や環状分子をつくる、非常に面白い系です。我々は、この巨大環状混合原子価ポリ酸について、溶液中のpHの変化に応じて分子構造と高次構造が変化していく様子を連続的に捉えることに成功しています 1)
配位子が単原子の酸素原子であるポリ酸では、配位子のデザインはできません。その反面、単原子の酸素原子が架橋配位子として働く架橋部の構造は非常に柔軟なため、分子設計の自由度が高く、さまざまな構造の酸化物表面を原子レベルで制御できます。構造制御によって機能面での多様性をどこまで引き出すことが出来るかを探求するのに最適な物質だといえます。具体的には、触媒としての応用が期待されています。ポリ酸を用いて構造と機能の関連を明らかにしていく研究は、化学の世界に一石を投じることができると考えています。

1)尾関 智二、"環状混合原子価ポリ酸の生成機構および高次構造形成に関する結晶額的研究"、日本結晶学会誌、53, 371-379 (2011).

ポリ酸と有機金属化合物の複合体

巨大環状混合原子価ポリ酸の結晶構造

ICSDの豊富なデータは無機化合物の新規性確認のための信頼できるパートナー

——無機結晶構造データベース(ICSD)を研究でどのように使っていますか?

尾関先生:私は15年ほど前からICSDを使っています。ポリ酸は多数の金属原子と酸素原子から構成された巨大で複雑な構造をしていますので、構造解析は難しく、単結晶X線回折が唯一の手段となります。ポリ酸を合成して単結晶が得られたら、単結晶構造解析を行うとともに、粉末回折測定もあわせて行い、選び出した単結晶がバルクのサンプルを代表するものであることを確認します。今は多形や擬多形の現象にも興味を持っていますので、結晶に含まれている元素などの情報をもとにICSDで検索した多形・擬多形の結晶について、粉末回折パターンをシミュレーションし、実測データと比較することにより、それぞれの結晶の析出条件を検討しています。

また、ポリ酸の分野では有機物との複合体の研究も盛んですので、新規性の確認にはICSDだけでなく、ケンブリッジ結晶構造データベース(CSD:Cambridge Structural Database)も併用しています。ポリ酸は分子性の結晶をつくるため、結晶構造の視覚化にも有機結晶向けに開発されたCSDのMercuryをよく利用しています。

——ICSDの新しいインターフェースとしてICSD-Desktopが開発されましたが、お使いになった感想はいかがでしょうか?

尾関先生:我々は、新しい結晶を測定した時に、自分が測定したデータと、ICSDに蓄積された既存の結晶が同一であるか、既約格子(※)を比較して判断します。既約格子を調べる時に、従来の検索プログラムであるFindItでは、内包されたSTRUCTURE TIDYというプログラムを別途立ち上げる必要がありましたが、ICSD-Desktopでは、別のプログラムを立ち上げることなく、すぐに確認できるところが便利になりました。
今はCCD検出器を用いてX線結晶構造解析を行う時代ですが、私が学生の頃は4軸型自動回折計による測定に先立ち、振動写真とワイセンベルグ写真をとって、格子定数や対称性を決定していました。結晶が一番成長している方向を装置の回転軸に合わせると軸を立てやすいので、その時代のデータは必ずしも既約格子を用いて解析されているわけではありません。そのため、昔の文献に記載されている既約格子になっていないデータは、結晶の同一性を判断する際に既約格子の格子定数に変換する必要があります。ICSD-Desktopでは、1つの画面上で文献中に記載された結晶データと既約格子の結晶データを確認することができるので、古い時代のデータを見るときにもとても便利になりました。

(※) より高い対称性を持ち、単位格子のベクトルの長さが最短になるように選ばれた格子
   日本結晶学会誌、31,289-294 (1989).

文献中の結晶データに基づく構造表示(左)と、既約格子に変換した構造表示(右)

2原子間距離のヒストグラム表示画面

——ICSDを研究以外で活用することはありますか?

尾関先生:授業の下準備にも利用しています。私は「無機化学」の授業を担当していますが、教科書に登場するさまざまな無機化合物を、教科書に書いてある通りだけではなく、自分の言葉で説明するよう心がけています。例えば、岩塩型構造の格子定数がアルカリ金属の種類によってどのように変わるかを説明するために、ICSDのデータを活用しています。
ICSDを授業に取り入れて、実際に学生に操作させてみるのも、無機化合物についての知見を深める面白い試みかもしれませんね。

——ICSDの魅力について教えて下さい。

尾関先生:論文を執筆する際に、得られたポリ酸が新規性のあるものかどうか、ICSDを用いて必ず確かめるようにしています。30年以上にわたって蓄積された豊富なデータを持つICSDは、化合物が「確実に新規な構造である」ことを確かめるための信頼できるツールといってよいと思います。

JAICI:本日はどうもありがとうございました。

ユーザー紹介

尾関 智二 (おぜき ともじ) 先生

1983年 東京大学理学部化学科卒業
1988年 東京大学大学院理学研究科博士課程化学専攻修了 理学博士号取得
1988年 米国ジョージタウン大学博士研究員
1989年 東京工業大学資源化学研究所助手
1995年 東京工業大学理学部助教授
2010年 日本結晶学会賞 学術賞 受賞
2014年 日本大学文理学部教授に就任、現在に至る。
所属学会:日本化学会、日本結晶学会、錯体化学会

化学情報協会では、ICSDやCSDなどX線構造解析で決定された結晶構造のデータベースや物性データベースを扱っております。ICSDには格子定数、原子座標、空間群を始めとする結晶情報、出典情報が収録されています。