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シミュレーション技術で「マテリアルの知恵」を引き出す-材料開発のスピードアップを可能にするICSD-

ICSD ユーザーインタビュー

2019年2月掲載

三井金属鉱業株式会社 機能材料事業本部 機能材料研究所 評価解析技術センター

センター長 博士(理学) 田平泰規さん 
予測評価解析グループ 主任研究員 博士(工学) 高橋広己さん

世界をリードする非鉄金属素材メーカーである三井金属鉱業株式会社。その開発力を支える評価解析技術センターのお二人に、ICSDのご活用方法について伺いました。

「マテリアルの知恵を活かす」をスローガンに、世界トップシェアを誇る機能材料を展開

——三井金属鉱業株式会社の事業内容と得意な技術分野を教えてください。

田平さん:弊社は、明治時代の神岡鉱山における採掘・製錬事業をルーツに、非鉄金属素材を中心とした多様な技術や経験を蓄積してきた企業です。「マテリアルの知恵を活かす」をスローガンに、機能材料事業、金属事業、自動車部品事業、その他関連事業を展開しています。
機能材料事業は最も大きな事業セグメントで、電池材料、触媒、機能粉、銅箔、薄膜材料、セラミックス、単結晶と、さまざまな機能材料を取り扱っています。例えば、永年培った「電解・鍍金」「溶液化学」といったコア技術を活かして、極薄の金属箔を大量に生産する技術を用い、精密回路の配線材料に用いられる極薄銅箔を生産しています。この銅箔はスマホの小型化などに欠かせない材料で、世界シェアの約90%を占めています。他にも、二輪車・四輪車排ガス浄化用の触媒電子機器用の銅粉、酸化セリウム系研摩剤など、世界トップシェアを誇る製品を多く開発・製造してきています。

三井金属鉱業株式会社の機能材料の数々

——評価解析技術センターの概要を教えてください。

田平さん:評価解析技術センターは、機能材料事業本部直属である機能材料研究所の中の一部門ですが、機能材料研究所に限らず、会社全体の課題を解決するためのソリューションセンターとしての役割を担っています。現在、約20名が在籍しており、さまざまな分析手法を活かして、開発や製造現場の課題への対応で必要とされる分析・解析業務を担当しています。分析対象が明確なルーチン分析を行う場合と、新材料開発時など何を解析すべきかから開発部門と協働し検討していく場合がありますが、その両方が車の両輪のように、会社の発展には必要不可欠であると考えています。

物性メカニズムの解析で材料開発を支援し、時代とニーズの変化に対応

——評価解析技術センターで注力されていることを教えてください。

田平さん:当センターが注力している分野としては、顕微構造解析、化学形態解析、そして予測解析、いわゆるシミュレーションの3つがあります。最先端の素材を生み出すためには、ナノレベルの微小な領域を高精度で測定する評価技術と、そのデータをソリューションに結びつけるための解析技術が必要です。
製錬事業が主流だった時代は、求められる分析も濃度測定が中心でしたが、機能材料の事業拡大に伴い、構造解析や化学形態の解析など新たなニーズに対応する必要性が出てきました。物性のメカニズムなどを解析データに基づき明確に説明できることは、お客様の信頼確保にも結びつきます。

——センターが現在の体制になった経緯をお聞かせください。

田平さん:私は国内外の大学教員として結晶構造解析などを研究していましたが、縁があって2001年に中途入社しました。その頃のセンターは、走査型電子顕微鏡(SEM)やX線回折装置(XRD)などを用いた機器分析による化合物の同定が主流で、構造解析までは行っていませんでした。しかしその後、開発材料のバリエーションが増え、多様な機能材料を求めるお客様のニーズに応えていくためには、物性メカニズムを説明できる解析技術を持つことが不可欠だと思いました。そこで私は、結晶構造解析に必要なシステムの導入を会社に提案し、新しい機能を有する分析センターを目指して体制を変えていくことにしました。システムの導入にあたっては、人員確保や高額な分析装置の購入が必要になりますので、会社側の理解を得るのは簡単ではありませんでした。しかし、同じく先を見据えて、解析技術向上の必要性を認識していた材料開発部門の方々と協力できたことで、導入への理解を得ることができました。このような分析センターは、当時、非鉄金属素材のメーカーではまだ珍しかったと思います。その当時、リートベルト解析を行うための出発パラメーターとして使用したかったので、ICSDも導入しました。

田平さん

高橋さん:私は大学院修了後2000年に入社しました。ICSDは学生の頃から慣れ親しんでいましたが、入社してから田平がICSDを導入する前までは、結晶構造を文献から調べなければならなくて、欲しい情報がなかなか得られず苦労したことを覚えています。ICSD導入後は、取得したCIFファイルを使ってすぐ計算できるようになり、一気にスピードアップしました。
私が予測解析を行うようになったきっかけは。酸化セリウム系研摩材の開発プロジェクトでした。弊社では、長年の開発・製造により蓄積した豊富なノウハウと粉体制御技術を活かして、各種高機能粉を提供しており、このセリウム系研摩材は、ガラスの研摩に使用することができます。開発プロジェクトでは、セリウムの化学状態を調べるためにX線吸収端近傍構造(XANES)のスペクトル解析のニーズがあり、そのためには第一原理計算が必要でした。その後スペクトル解析のみでなく、材料開発のシミュレーションにも第一原理計算が使えるということで計算の機会が増え、今はシミュレーションが仕事の8割を占めています。第一原理計算にICSDはなくてはならないツールです。ICSDのデータベースは網羅性が高いので、検討したい化合物がそもそもICSDに登録されていなければ、作りにくいであろうということを判断するのにも役立っています。

高橋さん

田平さん:世界中で研究が進むのに伴い、ICSDに登録される情報の網羅性も高まっていくことは、我々にとってもありがたいことです。ただ、競合相手も同じ情報をみているので、そこからいかに早く他よりもよいものに気づけるかが勝負になりますね。

開発のスピードアップを実現するシミュレーションに、ICSDは欠かせないツール

——具体的にどのような場面でICSDを活用されていますか。

田平さん:ICSDは主に私と高橋が活用しています。活用シーンとしてはまず、分析データの解釈があります。 全社から持ち込まれる課題に対して、まず現状把握のために該当の化合物の分析を行いますが、そこで得られたデータをみるだけでは解釈が難しい場合に、ICSDで対象材料の結晶構造を把握します。例えば、目標を大きく下回る特性しか得られなかった場合、ICSDから得た構造の情報を分析データと結びつけて解釈し、何をどう変えればよいかの解決策を見出していきます。
もう一つがシミュレーションです。どのような組成を持っていれば所望の物性が得られるかを、 ICSDから得られた結晶構造のデータを用いて計算してシミュレーションし、まず理想の状態を把握します。その後さまざまな欠陥を加味して現実を説明できるモデルを探索し、そのモデルをさらにICSDの情報と比較していきます。
また、イオン性結晶をBond valence sum(BVS)計算を用いて簡易に評価する際にも活用しています。Bond valence sumは古典的で単純な計算方法ですが、第一原理計算を行うより早く予測をつけることができます。結晶構造中の酸化物イオンやリチウムイオンの動きをシミュレーションしたりしています。

ICSDのCIFファイルをインポートしてシミュレーションを行うことにより、各種イオンの3次元的安定性や拡散パスを議論することが可能です。
 (a) 酸化セリウムにおける酸化物イオンのBVSマップ、(b) ランタンシリケートにおける酸化物イオンのBVSマップ、
 (c)、(d) BaZrO3において第一原理計算から求めたプロトンの安定性を表すPotential Energy Surface。

高橋さん:最近では、アパタイト型ランタンシリケート系固体電解質の開発でもICSDを活用しました。現在、一般的な固体電解質型デバイスは、白金電極材料と酸化物イオン伝導体であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)が主に利用されています。しかし、このYSZを用いたデバイスは600度以上の作動温度が必要なため、より低温で作動するデバイスが求められていました。低温で作動可能な固体電解質型デバイスの実現には、高性能な電極材料と固体電解質の開発および、これら材料の接合部での界面形成技術の改善が必要でした。そこで私たちは、独自の製造技術を用いて高い酸化物イオン伝導率を示す配向性アパタイト型固体電解質を作成し、中低温領域での作動に有利な固体電解質型デバイスを開発しました。伝導率は600度でYSZの10倍以上、300度で1000倍程度の高い性能を出すことに成功しています。
実際の開発では、まず、ICSDから得たCIFファイルを使って第一原理計算を行い、結晶構造のどの原子を置換すると酸化物イオンの拡散に効果的かをシミュレーションしました。目星をつけてから実験チームが化合物を試作し、実際に評価し、得られたデータのフィードバックを受けて再度シミュレーションを行うというやり取りを繰り返しながら進めたことで、開発の効率アップにつながりました。最終的には、現在一般的な白金電極とYSZ固体電解質を用いたデバイスと比べ、作動温度領域が200度程度低くなることを実証しました。

田平さん:先ほど高橋が話しました酸化セリウムは医薬品や電子部品を包装する際の脱酸素剤としても活用されており、その酸素を吸収するメカニズムを理解するためにも使用しました。酸素を吸収させるために結晶構造から予め少し酸素を除いておくのですが、酸化セリウムの蛍石型構造が1/4の酸素を失った状態であるA希土構造(La2O3型)になる間に、除く酸素量に応じて格子定数の増大や酸素欠損の秩序配列など構造変化が起こります。ICSDを用いて、各フェーズの構造のXRDを事前にシミュレーションしておくと、実際にサンプルを測定したときに、どのフェーズであるのかや大まかな酸素欠損量をすぐ把握することができ、反応効率など議論を深めることができました。

ICSD(web版)

CeO2 (酸化状態) のレコード例

Ce2O3 (還元状態) のレコード例

——昨今の分析・解析レベルはどのように変わってきたと感じていますか。

高橋さん:私がシミュレーションを始めた頃は、1つのものを「骨までしゃぶる」ような計算をすることが多かったのですが、この5年程度は、マテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれるような、多くの構造データを用いてすべて計算する方法がよくみられるようになりましたね。膨大なシミュレーションをスピーディーに行えるようになったのは、ICSDがあってこそだと思います。

田平さん:昔は元素の選択についても、現場の方の長年の勘・コツ・経験に基づく開発が主流でした。しかし最近では、シミュレーションや高度な解析を行って「なぜその元素がよいのか」を理論的に把握できるようになり、「それなら同じような働きをする別の元素も使えるのでは」といった提案もできるようになりました。いわば、現代的な、あるいはサイエンス的な勘が生まれ、それをベースに経験値がさらに上がっていきます。弊社のスローガン、「マテリアルの知恵を活かす」にも関係するところだと思いますが、昨今の技術発展は "知恵" の活かし方をも進化させてきたといってよいでしょう。

——今後の抱負をお聞かせください。

田平さん:最近は技術の進歩のおかげで情報の処理量が向上し、いろいろな構造を一気に網ですくうかのごとく検討できる時代になってきました。一方で、スピードがあって当たり前という世の中になるのではとある種の危惧を抱いており、世界との競争を考えると、今後は統合型の情報収集ができるようにして開発のスピードアップを図る必要があると考えています。現在、 弊社では1個ずつ構造の評価を行っていますが、着目すべき点を計算で自動的に抽出できるようなシステムを確立するなどして、よりスピード感のある開発をしていきたいです。着眼点は、その企業の開発力の差別化ポイントでもあります。

高橋さん:時代は刻々と変化してきていますので、確かにスピードアップは重要ですね。計算実行までの作業などが容易になると、さらなる作業性の向上が見込めるのではないかと思っています。

JAICI:本日はどうもありがとうございました。

ユーザー紹介

三井金属鉱業株式会社
本社
〒141-8584 東京都品川区大崎1丁目11番1号  ゲートシティ大崎ウエストタワー19F
機能材料研究所
〒362-0021 埼玉県上尾市原市1333-2

1950年に設立。国内主要拠点12ヵ所、世界主要拠点31拠点を有する三井グループの非鉄金属メーカー。研究開発のスローガンとして「マテリアルの知恵を活かす」を掲げ、機能材料事業、金属事業、自動車部品事業、各種産業プラントのエンジニアリング、ロボット用ケーブル・検査装置の製造、パーライト関連事業などを展開している。極薄銅箔、触媒、銅粉、酸化セリウム系研摩剤は世界トップシェアを誇る(2017年三井金属鉱業調べ)。

機能材料研究所

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