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近代科学が興る前に確立した医療体系に新たな技術で挑む 生薬の基礎研究を支える天然物辞典

天然物辞典ユーザーインタビュー

2019年1月掲載

株式会社ツムラ

生薬本部 生薬研究所長 橋本和則さん
生薬研究所 生薬化学グループ 神本敏弘さん
生薬研究所 生薬化学グループ 小栗志織さん
生薬研究所 生薬加工グループ 今井卓也さん

生薬研究所の皆さん。ツムラ漢方記念館にて。

日本の伝統医学である漢方医学に則って処方される漢方薬。その一大メーカーで創業125年の歴史を誇る株式会社ツムラの生薬研究所の皆様に、Taylor & Francis Group / CRC Press社の天然物辞典を活用した生薬研究について伺いました。 

漢方薬の原料、生薬を科学する

——株式会社ツムラの概要と生薬研究所の研究内容について教えてください。

橋本所長:弊社は1893年に津村重舎が「良薬は(人々のお役に立ち)必ず売れる」という信念のもと創業した津村順天堂が前身です。医療用漢方製剤を主とする製薬会社であり、経営理念「自然と健康を科学する」、企業使命「漢方医学と西洋医学の融合により世界で類のない最高の医療提供に貢献します」に基づいて事業活動を展開しています。
私ども生薬研究所では、漢方製剤の原料となる生薬の品質を保証し、安定供給するための基礎的な研究に取り組んでいます。また、製剤の品質管理に必要となる標準物質や、漢方のエビデンス確立を目指した薬効研究に用いる生薬成分の提供も担っています。
弊社で使用する生薬は119種あり、いずれも自然界にある植物・動物・鉱物の薬用部位(根、茎、果実、葉など)を加工調製したものです。したがって、生薬に含まれる成分は、原料となる基原種はもちろんのこと、同じ種を用いても、その育成環境、加工調製の方法や条件の影響を大きく受けます。これまで野生品に依存していた原料の栽培化も進めていますが、その過程もまた、含有成分の組成や含量に影響を与えます。しかし一方で、漢方製剤の一定の臨床効果(有効性・安全性)を担保、保証するためには、その品質を幾多の歴史的な臨床実績に基づいて設定された規格の範囲に収める必要があります。生薬の品質を安定して再現するために栽培から加工に至るまでの様々な工程における方法や条件に関するデータを蓄積し、科学的に検証しています。

橋本所長

ツムラ漢方記念館に展示された原料生薬の数々

株式会社ツムラの医療用漢方製剤

——実際に研究に携わっている皆様の業務を教えてください。

神本さん:私は、生薬化学グループで、原料生薬やエキス製剤の品質管理に用いる標準物質の品質評価やその評価方法の開発を行っております。標準物質は、品質管理における「ものさし」のようなものであり、その目盛りが正確であるためにも、安定性を含めた化学的な物性を知る必要があります。また、生薬の確認試験や定量法の開発も行っており、生薬に含まれる多くの成分の中から、指標の候補となる化合物を検討しています。一番多く含まれる成分が、必ずしも指標として使えるわけではなく、含量が少ない成分を選択する場合もあり、試験方法開発のうえで難しい点でもあります。一方で、法律で定められた基準のほか、当社独自の指標成分を品質管理に取り入れることで、保証される品質に対して信頼性が高まると期待しています。
例えば、生薬の1つカンゾウは、日本薬局方でGlycyrrhiza uralensisGlycyrrhiza glabraの2種が基原種として規定されています。どちらの種も生薬として用いることはできますが、含まれる成分組成やその含量が全く同じというわけではありません。弊社では、古くからの使用実績があるGlycyrrhiza uralensisに着目しています。このような近縁の基原種を分類する指標となる化合物は何かという観点も重要だと考えています。

神本さん

小栗さん:私の担当は、広く言うと成分分析です。得られた結果を評価する際、統計学的手法を取り入れた解析に力を入れています。生薬は多成分系ですので、一つひとつの成分を個別に比較するだけでは捉えきれない性質があります。そこで、複数の成分の分析結果を、統計的な処理によって比較可能な形式に捉え直し、生薬の性質を明らかにすることを試みています。これによって、基原種や産地などの違いが明らかになり、新規使用候補品の成分評価ができると考えています。

今井さん:私は、生薬加工グループで、標準物質の製造と生薬の品質に関する研究を行っています。品質管理や薬効試験に用いる化合物には、新規化合物や市販されていない化合物が多くあります。私の業務のひとつは、そのような化合物を単離精製することです。また、生薬の品質という点では、有効性や安全性の評価がまだ定まっていない成分に着目した研究も展開しています。そうした成分が、生薬に新たな価値を生み出すかもしれないからです。

小栗さん

収載された情報の量と質、操作性が生薬研究を支える

——研究のどのような場面で、天然物辞典をお使いでしょうか。

神本さん:「ものさし」である標準物質の性質を知るうえで、天然物辞典から得られる物性情報は大きなウェイトを占めます。また、生薬原料となる基原種やその近縁種に特徴的な成分、あるいはそれらを分類可能な成分は何かという情報を整理するためにも、頻繁に使っています。弊社では成分検索のファーストチョイスが天然物辞典ですね。
文献検索ツールなどであればまず、植物名で論文を検索して、該当する論文を精読して報告されている成分の情報を丹念に拾っていく作業になりますが、天然物辞典を使うと、植物名で検索しただけで成分と構造式を一覧することができ、さらに立体異性体などの類似構造の情報も参照することができます。100報の論文を読むのに匹敵するほどの情報が、瞬時に入手できるのです。訂正論文にも随時対応がなされて、間違っていた構造が訂正されていることに気がつくこともありました。情報の量と質に、とても助けられています。

小栗さん:私は、多成分分析を行う際に、天然物辞典をよく利用します。分析データから同定できる成分には限りがあります。検出された成分が未知であり見当がつかない場合に、分析データを天然物辞典から得られる情報と照らし合わせて、成分の候補を絞り込んでいます。私は入社後初めて成分情報を多く引き出す研究に携わりましたが、先輩社員の指導のもと天然物辞典も使いこなせるようになりました。困ったときに味方になってくれる心強い存在です。

今井さん:私の業務では、保管中の標準物質が分解したと推察される分析結果が得られたときに、足がかりとして天然物辞典を使っています。例えば、LC-MS分析の結果、分解物の質量が予測された場合に、その生薬と同属の植物に同じ質量の化合物が存在するかを検索します。既存の化合物であれば、これで当たりがついてしまいます。学生時代はほかの検索エンジンを使っており、成分名でヒットした薬理活性から化学合成に至るまでの多数の論文の中から苦労して必要な情報を探し出していたので、あの頃、大学にも天然物辞典があったら便利だったのにと思います。
情報検索にかける労力が少なくて済むありがたさだけではなく、意図した以上の情報に手が届きやすいとも感じています。シノニムや類縁化合物の情報が検索結果の見やすい場所に配置されているので、自分が注目していた化合物名とは別の名称にふと気がつくといったこともありました。また、ブラウズ機能もわかりやすい場所にありモバイル対応もしていて、実験室で気になったときにすぐに情報にアクセスできるところも気に入っています。

今井さん

——天然物辞典を導入された経緯について教えてください。

神本さん:導入当時の一番のメリットは、ほかのサービスにはなかった定額制であったことです。植物名から成分の情報や文献にたどり着ける検索エンジンが、費用を心配せずに気軽に使える状況が一番の魅力でした。さらに今では、直感的に調べものができるように操作性が向上しており、新入社員に使用方法を説明する際も、簡単に教えられ、すぐに身構えることなく検索ができるようになったことを実感しました。

天然物辞典 Dictionary of Natural Products (web版)

検索初期画面/検索項目「Biological Source」(下から2段目)には「Glycyrrhiza uralensis」を、検索項目「Accurate Mass」(一番下の段)には380-390を範囲指定で入力

検索結果画面およびGlycyrinのレコード/誘導体と立体異性体も同時に閲覧可能

漢方薬の新たな価値の創造を目指して

——生薬研究にかける想い、生薬研究の醍醐味をお聞かせいただけますか。

神本さん:さまざまな要因で成分組成や含量にばらつきを生じる生薬の安全性、有効性の評価基準の基盤となる標準物質についての研究は一見、地味な作業ではありますが、弊社を土台から支える大切な業務であることに誇りを感じています。

小栗さん:生薬は多成分系であるがゆえに、課題も多く残されています。私は、この課題を追究することへの使命を感じると同時に、その先に新しい価値が、私たちに発見されることを待っているのではないかという楽しみも感じています。

今井さん:古くから本草学的によいとされてきた生薬の知見を、一つひとつ科学的な知見に置き換えていく作業に興味が尽きません。科学技術がこれだけ発達しても解明されていない生薬の本質に迫りたいです。

橋本所長:漢方薬は、近代科学が興る前に確立した医療体系における薬剤ですが、現代医療においても特に新薬治療が難渋する領域には必要な薬剤だと考えています。その有効性を科学的なエビデンスで裏付け、生薬の成分へと橋渡しすると同時に、新たな価値や機能を持った漢方薬を創出するために「良薬」を進化させたいという夢があります。そして、この歴史ある医療体系における多成分系の薬剤を、後世へつなげるお手伝いができればと思っています。

JAICI:本日はどうもありがとうございました。

ユーザー紹介

株式会社ツムラ

所在地:〒107-8521 東京都港区赤坂二丁目17番11号
1893年創業。「自然と健康を科学する」という経営理念のもと、「漢方医学と西洋医学の融合により世界で類のない最高の医療提供に貢献します」を企業使命とする漢方製剤のトップメーカー。

株式会社ツムラ本社社屋

化学情報協会では Taylor & Francis Group / CRC Press 社の天然物辞典シリーズを扱っております。製作元で整理済みの各種物性値が収録されています。また、合成方法を含む文献情報も収録されています。各種物性値の範囲指定検索や CAS Registry Number®、生理活性、生物起源などのテキスト情報による検索、部分構造検索などを組み合わせることで、目的の化合物を探し出すことができます。

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