料理の化学を題材にした普及活動の推進(佐藤 陽子 先生)
化学コミュニケーション賞2024受賞者インタビュー
2026年1月掲載
鎌倉女子大学教育学部教育学科 准教授
佐藤 陽子 先生

化学コミュニケーション賞2024の賞状を持つ佐藤先生
2024年の化学コミュニケーション賞特別賞を受賞した鎌倉女子大学の佐藤陽子先生に、受賞の背景や活動内容についてお話を伺いました。佐藤先生は、料理と科学(化学)を橋渡しする“キッチンサイエンス”を通じて、子どもたちに科学の楽しさを伝えています。今回のインタビューでは、受賞に至るまでの経緯や、日々取り組まれている活動について、詳しくお話しいただきました。
(インタビュー日:2025年11月4日)
教育者としての歩みとキッチンサイエンスへの道
——佐藤先生は、どのような学びや仕事の経緯を経て、現在の活動に至ったのでしょうか?
佐藤先生:東京理科大学大学院理学研究科の修士課程で、電気化学の研究室に所属し、L-アスコルビン酸、つまりビタミンCの電気化学的酸化反応をテーマに研究していました。実験そのものは大好きでしたが、基礎化学実験のティーチングアシスタントをしていたときに、“教える楽しさ”が強く胸に残りました。
——修士課程修了後は、すぐに教員の道へ進まれたのですか?
佐藤先生:いえ、当時はいわゆる就職超氷河期で、希望通りには行きませんでした。大学院修了後は大学受験予備校に就職しましたが、「やっぱり実験を教えたい」という気持ちが抑えきれず、私立の中高一貫校へ転職しました。さらに、国際バカロレア(IB)認定校に移り理科教員を務めました。IB校は探究型の学びが重視されていて、キッチンサイエンスとの親和性が高いと感じました。
——博士課程への進学のきっかけは何だったのでしょう?
佐藤先生:教員として働く中で、もっと「教える」ということを研究したいという気持ちが強まりました。働きながら研究できる分野を考えたとき、身近なものを使った理科教育が最適だと感じたんです。そこで、キッチンサイエンスの分野で研究を進めようと決め、東京理科大学大学院科学教育研究科の博士後期課程に進学しました。働きながら3年間で博士号を取得しました。個人の趣味として料理研究も続けていたので、分子レベルでの理解と生活の現場をつなぐ視点が自然に育っていったように思います。
——キッチンサイエンスに関心を持った原点はどこにあるのでしょうか?
佐藤先生:子どもの頃から料理が大好きでした。小学校5年生の家庭科の授業でゆで卵の調理実習をしたとき、ゆで時間によって卵の状態が変わることを先生から教わって、料理の中に科学的な要素があることに感動したんです。それがきっかけで理科も好きになりました。その後、中学の自由研究では、ブドウを皮ごと絞ってフィルムケースに入れ、冷蔵庫で発酵させて二酸化炭素が出るかを調べました。こうした化学実験を家の中で行うのが、昔から好きだったんです。
——その原体験が、普及活動にもつながっているのですね。
佐藤先生:はい。中高一貫校やIB校で教える中で、生徒の自由研究の経験にばらつきがあることに気づきました。しっかり取り組んだことがある子もいれば、ほとんど経験がない子もいる。そこで、身近な料理を題材にすれば、もっと多くの子どもたちが気軽に自分の意思で自由研究に取り組めるのではと思い、キッチンサイエンスの普及活動に力を入れるようになりました。
——料理と科学の融合は、先生の中でどのように位置づけられていますか?
佐藤先生:食べることも作ることも大好きで、料理番組での調理や科学的な解説もできます。それくらい料理が好きなんですが、趣味の料理とは別に、分子レベルでの実証を理科大で専門的に学びました。趣味のこだわりの強い料理の科学と、専門的な分子化学の知識が融合して、キッチンサイエンスという形になったんです。
——研究・教育・普及のバランスはどのように整えていらっしゃいますか?
佐藤先生:“趣味が仕事で、仕事が趣味”というタイプなので、オンタイムでは講義と研究、オフタイムでは普及活動に注力しています。最初は切り替えが難しかったのですが、今では互いにフィードバックし合う往復運動ができています。普及活動で得られる気づきが研究に活き、それがまた現場指導に反映される――この循環が私の強みですね。
化学コミュニケーション賞特別賞の受賞について
——化学コミュニケーション賞に応募されたきっかけを教えてください。
佐藤先生:日本化学連合の公式サイトでこの賞の存在を知り、歴代受賞者の活動に心を動かされました。たとえば、2014年の幼児向け教材の開発や、2019年の東京大学サイエンスコミュニケーションサークルの学生の活動などです。そうした方々の取り組みに感銘を受け、「少しでも近づきたい」と思い、応募を決意しました。
——受賞の知らせを受けたときのことを覚えていますか?
佐藤先生:はい、よく覚えています。ちょうど親知らずを抜いた直後で、ゆっくり休もうと思っていたところに連絡が来ました。痛みがふっと軽くなるほど嬉しくて、その瞬間のことは今でも鮮明に記憶しています。大変光栄であると同時に、身の引き締まる思いでした。選考に携わってくださった関係者の皆様に、この場を借りて心より御礼申し上げます。
——受賞後、周囲の反応はいかがでしたか?
佐藤先生:母校の東京理科大学や現在の職場である鎌倉女子大学の先生方、そしてこれまでお世話になった多くの方々から、温かい祝福の言葉をいただきました。鎌倉女子大学のウェブサイトにも掲載していただきましたし、学生たちからも「先生、すごいですね!」と声をかけてもらいました。こうした励ましが、次の普及活動への原動力になっていて、良い循環が生まれていると感じています。
科学イベントの実践と子どもたちの反応

千葉県での科学イベントのひとコマ
——佐藤先生は、科学イベントを毎年開催されているそうですね。
佐藤先生:はい。年に4回前後開催しています。神奈川県立青少年センター主催のイベントでは、対象年齢に応じてプログラムを分けて開催しています。小学生には「身近な素材でできる実験」を中心に、女子中高生には「生活と科学のつながり」を意識した内容を提供しています。2024年には、「身近な野菜からでんぷんを取り出してみよう!」に14名、「キッチンサイエンス教室-白米と玄米からの科学的なミニ甘酒作り-」に15名の参加がありました。
また、東京理科大学の「サイエンス夢工房」では、未就学児から社会人まで幅広い層を対象にしたイベントを行っています。
——印象に残っている参加者の声はありますか?
佐藤先生:「先生のおかげで理科が初めて楽しいと思えた」と言ってくれた小学生の言葉は、今でも心の支えになっています。中高生からは「料理と科学(化学)がこんなに密接だとは気づかなかった」という感想が多く、家庭科の授業内容を再認識してもらうきっかけにもなっています。
——イベントではどんな実験が人気ですか?
佐藤先生:特に好評なのは「色が変わる人工イクラ作り」です。マローブルーというハーブティーを使って、pHによる色の変化を楽しむ実験で、紫色が淡赤色に変わる様子を視覚的に体験できます。食酢で酸性に調整することで、イクラのようなゲルが淡赤色に変化するんです。家庭でもできる内容で、未就学児から大人まで楽しめます。
他にも「ミニ豆乳マヨネーズ作り」や「ミニ甘酒作り」など、乳化や発酵をテーマにした実験を行っています。どれも家庭科と理科の融合を意識した内容で、教育的にも効果的です。チョコレートと生クリームを使った乳化の実験では、油中水滴型と水中油滴型のエマルションを作り分けることができ、教員研修でも紹介しています。甘い香りがするので子どもたちにも好評ですし、ヴィーガンチョコレートと豆乳による代替も研究中です。

色が変わる小さな人工イクラ作り

ミニバター作りと色が変わるハーブティー作り

白米と玄米からのミニ甘酒作り

身近な野菜からのでんぷんの抽出
2024年の化学コミュニケーション活動1)
1)日本化学連合、化学コミュニケーション賞2024表彰式(オンライン開催)受賞者業績紹介要旨集、https://jucst.org/media/2024_awards_abstract.pdf(2025年12月13日確認)
——実験の安全性については、どのように配慮されていますか?
佐藤先生:アレルギーの有無を必ず確認し、必要に応じてポリエチレン製のビニール手袋を使用しています。ラテックスアレルギーにも配慮していますし、心配な場合は観察だけでも参加とみなしています。豆乳アレルギーのある子には豆乳マヨネーズ作りを控えてもらうなど、無理に参加させない選択肢も用意しています。
また、イベント後に子どもたちが自宅で実験を行う場合にも対応できるよう、安全性を重視した設計にしています。必ず保護者立会いのもとで、保護者の許可を得て実施するよう注意喚起をしています。対象年齢が幅広いため、大学生なら自己判断も可能ですが、未就学児や小学生の場合は、家庭科で調理実習を経験していないこともあるので、特に慎重に対応しています。
——年齢層に応じた言葉の工夫もされているそうですね。
佐藤先生:はい。鎌倉女子大学で小学校の理科教育法を、東京電機大学では中学校・高等学校の理科指導法・理科教育法を非常勤講師として担当していますので、学習指導要領や教科書には常に目を通しています。
小学生から高校生まで幅広い年代を対象にする際には、指導要領や教科書に準じた表現を使い、範囲を逸脱しないようにしています。未就学児や小学校低学年の場合は、比喩的な表現を用いています。たとえば人工イクラの実験では、ゲル化という専門用語は使わず、未就学児には「サラサラのがプリプリになったね」といった感覚的な言葉で伝えるようにしています。
——実験に「食品ロス削減」の視点を取り入れたのは、どのような理由からですか?
佐藤先生:2016年頃から、イベントに取り組む際には食品ロスの問題を意識するようになりました。食材を使った実験では、衛生上の理由から廃棄せざるを得ないこともありますが、食べ物を無駄にすることへの懸念は常にありました。お百姓さんが育ててくれた食べ物を捨てることに対して、子どもたちが「もったいない」と感じることもあります。だからこそ、なるべく廃棄物を減らす工夫をしています。食材の廃棄を減らすことで、食べ物への敬意を忘れない姿勢を伝えたいと思っています。
——具体的には、どのように食品ロスを抑えているのですか?
佐藤先生:食材の使用量を最小限に抑える「マイクロスケール実験」を開発しています。少量でも十分に科学的な変化を観察できるように設計していて、実験後の廃棄物も最小限に抑えられるよう、使い切りサイズの容器や計量済みの試料を準備しています。
——小型化による運用面でのメリットもあるのでしょうか?
佐藤先生:道具の運搬負担が大きく減りました。以前は握力や体力の面で苦労していましたが、今ではスーツケース1つでブース運営が可能です。予算の都合で郵送費が出ない場合でも、道具類を持参することでイベントの品質を保てるのは大きな利点ですね。
教育現場での実践とゼミ活動
——現在は鎌倉女子大学でゼミを主宰されているのですね。
佐藤先生:はい。教育学部で「理科教育・生活科教育ゼミナール」を運営しています。現在は4年生6名、3年生3名の計9名が所属しています。文系クラス出身の学生が多いですが、教育学部には算数や理科の授業があるため、ゼミに入る頃には基礎学力がしっかり身についています。理科に苦手意識がある学生も、実験を通してその楽しさに気づいてくれることが多いです。
——ゼミでは卒業研究も行っているのですか?
佐藤先生:卒業研究を重視しているため、その指導を担当する年もあります。キッチンサイエンスや理科・生活科教育の境界領域に関する実験を中心に、安全性が高く自宅でも実施できる内容に限定して、学生自身が創意工夫を凝らして取り組んでいます。家庭で使える食材を用いた実験や、身近な現象をテーマにした研究が多いですね。
——教員免許の取得を目指す学生が多いのでしょうか?
佐藤先生:私のゼミの多くの学生は、小学校教諭一種免許状などを取得して、教育の現場で活躍することを目標にしています。小学校の先生はすべての教科を担当するため、ゼミを通して理科の面白さを伝える力を身につけることは非常に重要だと感じています。
——ゼミ生はイベントにも関わっているのですか?
佐藤先生:はい。神奈川県立青少年センター主催のイベントが鎌倉女子大学のキャンパス内で開催されることもあり、学生にも協力してもらっています。子どもへの声かけや教え方の工夫など、実践的な経験を積む場になっています。学生自身が「教えることの楽しさ」に気づくきっかけにもなっていて、教育者としての意識が高まるようです。
今後の展望と化学の普及への思い
——今後の展望についてお聞かせください。
佐藤先生:世界のお菓子作りをテーマにした化学コミュニケーション活動を、全国各地で展開していきたいと考えています。たとえば、日本の伝統菓子「ういろう」と、韓国の伝統菓子「ペクソルギ」を対比させたマイクロスケール実験を通じて、普及・広報活動につなげることも可能だと思っています。
ういろうは、米粉・砂糖・水を均一な生地として蒸すことで、プリプリとした食感になります。一方、ペクソルギは生地をそぼろ状にして空隙を保ったまま蒸すことで、ふわふわの口当たりになります。目と舌を使って“構造と物性の関係”を体感できる点が魅力です。こうした活動は、国際教育にもつながるのではないかと期待しています。
——ほかに取り組みたいことや、夢はありますか?
佐藤先生:キッチンサイエンス全般ですね。定番のテーマから、子どもたちが「やってみたい!」と思えるようなものまで、リクエストを受けながら全国各地でイベントを開催していきたいです。
また、お料理番組のような形式で、調理を交えながら科学的な解説を行うことも可能です。そうした番組への協力ができたら嬉しいですね。料理を通じて、化学コミュニケーションをさらに広げていきたいと考えています。
——化学の普及に対する先生の理念を、一言で表すと?
佐藤先生:ノーベル物理学賞を受賞された朝永振一郎先生の言葉を引用したいと思います。
「不思議だと思うことが科学の芽、よく観察して確かめ、そして考えることが科学の茎、最後に謎が解けるのが科学の花」
私はこの言葉の“化学版”として、「化学の花を子どもたちの心に咲かせたい」ということを目標にしています。
——化学コミュニケーション活動に挑戦したい先生方へのアドバイスはありますか?
佐藤先生:先生方ご自身が、その活動を笑顔で心から楽しむこと。それが何よりも大切だと思います。先生が楽しそうに笑顔で取り組んでいると、その気持ちは必ず子どもたちに伝わり、彼らの心を動かします。逆に、先生が辛そうな顔で活動していると、子どもたちも楽しめません。何よりも『笑顔を大切にしてほしい』というのが、私からのメッセージです。
科学を育む日常と人柄
——日本ベジタリアン学会に入会されているとお聞きしましたが、経緯を教えてください。
佐藤先生:はい。LDLコレステロールの値が気になっていた時期があり、食生活を見直そうと思ったのがきっかけです。植物性食品の栄養バランスや調理法を学ぶうちに、食の多様性への理解が深まりました。今ではベジタリアン食の調理も得意になりました。今では健康のために、週に3回程度ベジタリアン食をいただくようにしています。 また、管理栄養学科のある大学に勤めていることもあり、病気を抱える方への食の提案や食育にも関心があります。
——将棋も、かなり本格的に取り組まれていたそうですね。
佐藤先生:高校1〜3年の間、日本将棋連盟の女流育成会に所属していて、将棋の普及活動をしたくて女流棋士を本気で目指していました。同期には女流棋士になられた中倉彰子女流二段がいます。女流育成会の例会の際には、安食総子さん(現・女流二段)や伊藤明日香さん(現・女流初段)などと一緒におしゃべりをした思い出もあります。大学進学を機に勝負師の道は退きましたが、将棋を広めたいという“普及の気持ち”は、今はサイエンスの分野で満たされています。
——棋力や棋風についても教えてください。
佐藤先生:当時の棋力はアマ2級〜初段くらいで、初期配置から飛車を左側に移動させて戦う“振り飛車”という戦法を好むタイプでした。今では定跡をすっかり忘れて“見る将(観戦専門のファン)”になりました。ABEMAなどで観戦していると、藤井聡太竜王・名人の活躍を、同年代の学生を見守るような気持ちで応援してしまいます。
女流棋士では、日本将棋連盟の会長を務められている清水市代女流七段の立ち振る舞いに憧れています。清水先生は茶道の所作を身につけていらっしゃるので、イベントなどでお見かけした際の凛とした姿がとても印象的でした。

日本将棋連盟女流育成会での対局
——将棋とサイエンス、共通点はどこに感じますか?
佐藤先生:“伝えることに喜びを感じる点”ですね。勝負そのものよりも、誰かが興味を持ってくれて、楽しんでくれる瞬間が原動力になります。もしかしたら、将棋で培った「普及の視点」が、今の科学コミュニケーション活動にも生きているのかもしれません。

対局通知書
——本日は貴重なお話をありがとうございました。
今回のインタビューで印象に残ったのは、「先生自身が笑顔で楽しむこと」が科学普及の原動力になるという視点です。笑顔で接することで、子どもたちは安心して考え始め、科学への探究心が育まれていくのだと感じました。また、台所から始まる科学、地域に開かれたイベント、学生との協働など、佐藤先生の活動には“伝える力”と“育てる力”が満ちていました。食材を無駄にせず、命あるものへの敬意を込めて行うマイクロスケール実験の取り組みからは、科学と生活、そして倫理がつながっていることを教えられます。化学の花が、子どもたちの心に咲く瞬間を、これからも多くの場面で生み出していかれることを願っています。
受賞者紹介
佐藤 陽子(さとう ようこ)先生
鎌倉女子大学教育学部教育学科准教授。東京理科大学大学院客員研究員、東京電機大学非常勤講師。2019年、東京理科大学大学院科学教育研究科科学教育専攻博士後期課程修了。博士(学術)。専門は化学教育、理科教育、科学コミュニケーション、キッチンサイエンス。2016年よりキッチンサイエンスの普及活動を継続し、食品ロス削減・アレルギー配慮・安全設計を重視したマイクロスケール実験教材を開発。2020年に日本ベジタリアンアワード教育賞、2024年に化学コミュニケーション賞審査員特別賞(個人)などを受賞。女子中高生夏の学校、東京理科大学「サイエンス夢工房」、自治体主催講座などで科学普及活動を展開。主な委員歴として、公益社団法人日本化学会「化学グランプリ・オリンピック委員会」普及広報小委員会委員、「化学と教育」誌編集委員会委員、「実験の広場小委員会」委員長、日本ベジタリアン学会評議員などを歴任。
