世界とつながり視野が一気に広がった忘れられない二週間でした
2025 CAS Future Leaders プログラムに参加して
2025 年 9 月掲載
大阪大学大学院薬学研究科 博士研究員
ミュンスター大学(独)博士研究員
日本学術振興会特別研究員(JSPS-PD)
阪 一穂(ばん かずほ)さん
CAS Future Leaders は情報検索に興味があり CAS SciFinder® を日々活用している化学分野の博士研究員・大学院生を対象とした情報交換プログラムです。

CAS本部にて2025 CAS Future Leadersプログラム参加メンバー(阪さんは前列左から1番目)
米国化学会の情報部門CASが主催するCAS Future Leadersプログラムが、2025年8月に米国オハイオ州コロンバスで開催されました。将来の化学界を担うリーダーを育むこのプログラムの参加者として、日本からただ一人選ばれた大阪大学、ミュンスター大学の阪さんにお話を伺いました。

コロンバスにて
はじめに
——プログラムに申し込まれたきっかけと動機を教えてください。
阪さん:Chem-Stationや化学情報協会(JAICI)に掲載されている本プログラム参加者のインタビューを拝見し、世界中の若手研究者と交流できる絶好の機会だと感じて応募しました。
——研究テーマと代表的な論文を教えてください。
阪さん:私は有機合成化学を専門とし、大阪大学大学院に在籍時は、有機分子に重水素 (D) を導入(重水素化)する方法論の開発に取り組んできました。重水素は、水素 (H) の放射性を持たない安定な同位体で、近年、生命科学研究をはじめ、広範な科学分野で注目されています。創薬研究では、医薬品の代謝部位に重水素を導入すると、医薬品の薬効改善や、毒性軽減が期待されるため、重水素化医薬品(重医薬品)の研究開発が活発化しています。しかし、既存の重水素導入法は限られており、重医薬品の多様化が課題でした。そこで私は、安価で天然に豊富に存在する重水 (D2O) を用い、代謝部位へ選択的に重水素導入された多様な医薬品類縁体の合成法の開発に取り組んできました。
本年3月に博士号を取得し、現在はドイツのミュンスター大学で博士研究員として、可視光を活用した新規反応開発に取り組んでいます。
——CAS SciFinder の普段の使用方法をお聞かせください。
阪さん:日常的に、化合物のスペクトルデータや物性の検索、合成法の調査などに利用しています。特にCAS PatentPakの特許明細書内検索は非常に便利なため、特許文献の検索ではCAS SciFinderを重宝しています。
——今後の進路が決まっていましたら教えてください。
阪さん:私は将来、創薬研究、特に低分子創薬に携わりたいと考えています。私は6年制薬学部を卒業しており、その過程で薬局・病院での実務実習を経験しました。その当時、低分子医薬品であるハーボニー配合錠をはじめとするC型肝炎治療薬が登場、治療ガイドラインが刷新されていったのを目の当たりにし、低分子創薬の可能性に強く魅了されました。将来は、患者さんに新たな治療の選択肢を届けられるような、革新的な新薬の創出に貢献することを目標としており、来年度からは民間企業で創薬研究に取り組む予定です。
プログラムについて
——最初のアクティビティは、どのようなものでしたか?
阪さん:プログラム開始前日には、レセプションパーティーが開催されました。チャットツールWhatsAppで事前に交流はあったものの、このパーティーが初対面だったため、最初は緊張しました。しかし、世界各地から集まっていることもあり、話題が尽きることはなく、すぐに打ち解けることができました。

CAS本部ビル
——本編のプログラムについて、内容、進行、興味深かった点などを教えてください。
阪さん:1週目のコロンバスでは、朝食から始まり、ワークショップや講義が9時から16時ころまで行われ(その間、昼食やコーヒーブレークが適宜あります)、その後夕食という流れでした。どの講義もユーモアや私たちへの問いかけを交え、ただ受け身にならないよう工夫されていました。また、参加者も非常に積極的で、活発に発言が交わされており、日本ではあまり見られない光景でした。
例年同様、Storytellingやコーチングのワークショップは特に有益で、リーダーシップに必要なスキルを学ぶことができました。また、ソーシャルメディアの活用法や、研究成果(論文)の発信方法に関する講義も組み込まれており、多様化するデジタルツールの研究者としての活用法について考える良い機会になりました。
コロンバスは近年、ライフサイエンス研究の中心地として台頭してきています。金曜日は、その中心であるネイションワイド小児病院を訪問し、研究者の方から基礎研究から製品などへ実用化する橋渡し研究の重要性などを学ぶことができました。
——ワークショップは、どのように行われましたか?
阪さん:ワークショップは、その日の朝食で同じテーブルになった5-6名がグループになって行われました(毎日同じ人にならないよう、シャッフルする日もありました)。テキストが配られ、セクションごとに講義と10分程度の個人ワーク、20-30分程度のグループ内での実践・フィードバックを繰り返しながら進行していきました。ワークショップは終始、和やかな雰囲気で取り組んでいました。
——ワークショップ以外のアクティビティはいかがでしたか?
阪さん:プログラム1週目のコロンバスでは、毎夕異なる場所でディナーをセッティングしてくださいました(本年の場合、月曜日はレストラン、火曜日はCAS本部でBBQ、水曜日と金曜日はマーケット、木曜日は植物園でした)。また、月曜日は6つのグループに分かれ、ピザコンテストも行われました。私たちのグループが見事優勝し、CASのマークが入った木べらをいただきました。火曜日のBBQの後は、コロンバスのあるオハイオ州発祥のスポーツ、キックボールを体験しました(日本ではキックベースボールと呼ばれると思います)。水・金曜日に行ったマーケットは約150年の歴史があり、ラーメン、寿司などの日本食、インドカレー、トルコ料理など国際色豊かなお店が並んでおり、各人が好きな料理をいただきました。

ピザコンテストのグループ

コロンバスのマーケットにて
——困ったことはありませんでしたか?
阪さん:これは本プログラムに限らず、留学開始時から感じていることですが、複数人の会話に混ざることが大変でした。日本では、基本的に1対1の英会話しか経験がありませんでした。海外では当たり前ですが複数人で会話する機会が多く、聞き取って理解し何を言おうか考えている間に、話題がどんどん進んで行ってしまうため、会話に加わることに苦労しました。そのため、リアクションと気になったことを質問することで会話を膨らませながら、自分の考えなどを発信するように心がけています。
——CASスタッフの姿勢はいかがでしたか?
阪さん:本プログラムの世話をしてくださったPeterやNicoleをはじめ、皆さん非常に親切にしてくださりました。上記の毎日のディナーなど、私たちが1週間退屈することがないように、いろいろ考えてくださっていました。

PeterやNicoleと
参加者について
――どのような方が参加されていましたか?
阪さん:参加者の専門分野は、有機合成化学、電気化学、錯体化学、バイオケミストリー、計算科学、生物化学と多岐にわたっていました。今年は特に生物と化学の融合分野で研究している方が多い印象でした。また、私を含め、最近博士号を取得したばかり、あるいは修了試験間近という方が多く、意気投合していました。
――他の参加者との交流はいかがでしたか?
阪さん:皆さんとても友好的で、非常に良い関係を築くことができました。ディナーの後は、バーやカラオケ(日本のカラオケとは全く違い驚きました)に行き、さらに親睦を深めました。またワシントンDCへ移動後、空き時間には一緒に、航空宇宙博物館などを観光しました。

ワシントンへの移動中
米国化学会秋季大会について
――米国化学会秋季大会についての感想をお聞かせください。
阪さん:とにかく大規模でした。今大会の参加者は、およそ1.5万人だったということで、日本では(ヨーロッパでも)考えられないほど盛大でした。ドイツに帰ってきてからこの話を研究室の同僚にしたところ、「小さな町ができるね」と言われました。ちなみに、ACS Springはさらに規模が大きく、2025年は約3万人が参加したそうです。
円安の影響か、日本からの参加者は少なく、ポスター会場で日本人の発表があると、全く別分野でも足を止めて研究発表に聞き入ってしまいました。しかし、そこからまた新しい知見を学ぶことができました。
また、コロンバスにてプログラム参加者が互いの研究を紹介する時間があるのですが、時間をかけて話を聞くことは難しかったので、ACS Meetingでじっくり研究の話を聞けたのもよかったです。

ACS Meetingのウェルカムパーティー

ワシントンでの休暇日
今後について
――今回のプログラムでCAS SciFinderやCASのデータベース作成など、情報検索において新たな知見は得られましたか?
阪さん:CAS SciFinderもAIを積極的に活用し始めていることがわかりました。特に最近は、検索結果のソート機能の充実化を図っており、Google ScholarやReaxysと差別化しようという意気込みを感じました。CAS SciFinderには以前から、文献検索結果を発行年別に集計し、棒グラフで視覚的に示す機能があります。最近、「Analyzed Results」という機能が新たに実装され、より多角的に検索結果を可視的に分類できるようになりました。例えば、論文・特許など文献の比率や、特許出願地域の比較などを可視化できるようです。
――このプログラムを経験したことで、ご自身の中に変化はありましたか?
阪さん:参加者はみな非常に優秀で、この2週間は非常に刺激的でした。プログラムで学んだことはいずれも、これから活躍していくのに大切な技術です。これから実践していくことで、研究者としてさらに成長していきたいと思います。また、それ以上にこのプログラムを通じて得られた交友関係はかけがえのないものとなりました。今後もこの関係を大切にし、ともに科学の発展に寄与していきたいと思います。
プログラム参加者は皆、日本に好意的な印象を持っており、その姿を通じて自分自身も日本を客観的に見つめ直すことができました。中には日本を旅行したり短期留学したりした経験を持つ人もおり、思い出を楽しそうに語ってくれたのが印象的でした。研究力も文化も、先人たちの努力によって培われてきたものであり、私もそれを大切にしていきたいと強く感じました。

ACS MeetingのCAS Future Leaders Alumni

ワシントン最終日
――来年このプログラムに参加しようと考えている学生・博士研究員にメッセージをお願いします。
阪さん:本プログラムでは、参加者同士が約2週間にわたり生活を共にするため、非常に親睦を深めることができます。世界中の新進気鋭の若手研究者とここまで密に交流できる機会は、そう多くはありません。英語に不安を抱く方も多いと思いますが(私自身もそうでした)、重要なのは語学力の高さではなく、積極的に自分の考えを発信しようとする姿勢です。また、CAS SciFinderを日常的に活用している人だけでなく、CAS登録番号 (CAS RN®) の検索程度にしか利用していない人も参加しており、化学に携わる方であれば幅広く参加の可能性があります。また、日本からの参加者による同窓会も開催されており、縦のつながりも広がります。一生涯にわたる人脈を築ける素晴らしい機会ですので、少しでも関心を持たれた方は、ぜひ応募してみてください。
――プログラムで得た経験が今後の研究活動に役立つことを願っております。貴重なお話をありがとうございました。
CAS について

CASは、生活を改善するようなブレークスルーを加速するために、世界の科学的知識を結びつけています。当社は、グローバルなイノベーターが今日の複雑なデータランドスケープを効率的に扱えるようにし、イノベーションの旅の各段階で自信を持って決定を下すことを可能にしています。科学的知識管理の専門家である当社チームは、人間がキュレーションした科学データの世界最大の権威あるコレクションを構築して、不可欠な情報ソリューション、サービス、専門知識を提供しています。業界の科学者、特許専門家、ビジネスリーダーは、CASに依拠して機会を発見し、リスクを軽減し、共有された知識を利用可能にし、インスピレーションから、より迅速にイノベーションを得るのを支援しています。CASは、アメリカ化学会の一部門です。 詳しくは cas.orgをご覧ください。