化学情報協会

「化学構造式かるた」の製作と普及活動(青江 麻衣 先生)

化学コミュニケーション賞2025受賞者インタビュー

2026年6月掲載

兵庫医科大学薬学部 薬学教育センター 特命准教授

青江 麻衣 先生

化学コミュニケーション賞2025の賞状を持つ青江先生(中央)と、共同受賞の清水忠先生(左)、江﨑誠治先生(右)

化学コミュニケーション賞2025の賞状を持つ青江先生(中央)と、共同受賞の清水忠先生(左)、江﨑誠治先生(右)

2025年の化学コミュニケーション賞を受賞した兵庫医科大学の青江麻衣先生に、受賞の背景や活動内容についてお話を伺いました。青江先生は、化学構造式に苦手意識を持つ学習者の「入口」を低くする工夫として「化学構造式かるた」を考案し、手作りかるたからモバイル端末向けアプリへと発展させてきました。今回のインタビューでは、活動の原点となった教育現場の課題意識、アプリ化までの試行錯誤、利用者の反応から見えてきた課題、そして青江先生が捉える化学コミュニケーションについて、詳しくお話しいただきました。
(インタビュー日:2026年4月15日)

化学コミュニケーション賞の受賞について

——化学コミュニケーション賞2025の受賞、おめでとうございます。応募のきっかけを教えてください。

青江先生:ありがとうございます。日本薬学教育学会の中で、「構造式かるた」を使ったワークショップを企画していたんです。そのときに参加されていた東京薬科大学の林良雄先生から「こういう賞があるので応募してみては」と声をかけていただいて、応募しました。

——応募は初めてでしたか。

青江先生:はい、初めてです。

——受賞の連絡を受けたときのお気持ちはいかがでしたか。

青江先生:純粋に嬉しかったです。最初は本当に小さく始めたことだったので、外部の方から評価いただけることに驚きもありました。

——受賞後、周囲の反応はいかがでしたか。

青江先生:一緒に応募した清水忠先生・江﨑誠治先生や周りの方が、「よかったね」と言って一緒に喜んでくださいました。私も嬉しい気持ちになりました。

——薬学教育の枠を超えて「化学コミュニケーション」として評価されたことに、どんな手応えがありましたか。

青江先生:この「かるた」という取り組みが、薬学という分野だけではなく、化学コミュニケーションとして評価いただけたのは初めてだったので、特に嬉しく思いました。

教育者としての歩みと教育観

——先生のご経歴を教えてください。

青江先生:薬学部を卒業した薬剤師ですが、卒業後すぐに医療現場で働くのではなく、薬剤師国家試験対策の予備校に就職しました。予備校では10年ほど勤務し、その後ご縁があって大学の薬学教育センターのようなところで働くようになり、こちらも10年以上になります。

——薬剤師国家試験対策の予備校へ就職されたのは、当初から教育への関心があったからでしょうか。

青江先生:もともと教育には関心がありました。一方で、手先が器用でないのでウェットな実験があまり得意ではなく、当時は大学で研究するという選択肢は自分の中にはありませんでした。そこで、教育に軸足を置ける場として、薬剤師国家試験対策予備校で教育に専念することにしました。
その後、大学で働く中で「教育研究」に出会いました。世の中にはデータ解析等のドライな研究もあることを知り、今の活動にもつながっていると思います。

——薬学部の学生は、化学構造式に対してどのような印象を持たれていることが多いでしょうか。

青江先生:薬学部に入るなら化学が好きなのでは、と思われがちですが、意外と「有機化学が得意ではない」という方もいますし、高校のときは得意だと思っていたのに、大学で難しくなって苦手になる方もいます。私がこれまで予備校や薬学教育センターで出会った学生の中には、化学構造式に苦手意識を持っている方が確かにいらっしゃいました。

——そうした学生に向き合うとき、先生が大切にしている考え方はありますか。

青江先生:化学が苦手というのは、能力の問題ではなく、経験や化学との出会い方の違いによって、そう思い込んでいることもあると考えています。こちらのアプローチ次第で、化学に対するハードルは下げられます。学生が小さな成功体験を積み重ねられるように、私たちが伴走していくことを大切にしています。そうすることで、苦手意識が和らいだり、得意・不得意の感覚や好き嫌いが変わったりすることもあるのではないかと思います。

——入口のハードルを下げ、成功体験を積み重ねながら伴走することが大切、ということですが、こうした取り組みの効果は、先生の中ではどのように捉えていますか。

青江先生:教育実践は、感覚的な部分もありますし、人が対象なので評価が難しい部分もありますが、できるだけ教育効果をエビデンスも含めて検討して、発信していけたらと思っています。

手作りかるたの誕生と転機

——「化学構造式かるた」は、どのように生まれたのでしょうか。

青江先生:私が大阪大谷大学薬学部薬学教育支援・開発センターで勤務していたとき、最初は遊び半分で、「こんなのがあったら面白いかな」くらいで始めたことでした。無地のかるたを探してきて、みんなでシールを貼って作り、まず研究室に配布したところからです。

——そもそも“かるた”という形式を選ばれた理由はありますか。

青江先生:普段あまりゲームをしないので、難しいゲームは苦手です。でも、かるたという仕組みであれば多くの人が知っていて、誰が見ても分かりやすいのではと思いました。

——取り組みを進める中で、学内ではどのように広がっていきましたか。

青江先生:研究室対抗のかるた大会を開催しました。良い結果になるように練習する学生が多くいる中で、「研究室の先生に恥をかかせられない」みたいな気持ちが働く方もいて、薬学部棟で「かるた大会」に向けて練習する様子も見られ、想像していた以上に盛り上がりました。

——実際に、学びが動いたと感じた出来事はありましたか。

青江先生:化学構造式が「全く嫌だ」と言っていた学生が、かるたを通じて友達と一緒に勉強に取り組むようになりました。「大会で勝ちたい」という気持ちから勉強するようになって、実際に大会で1位を取りました。そこで自信をつけて、模擬試験のときに「先生、化学構造式がわかるようになってきた」と言ってくれたことがありました。こういう効果があるのだと、肌感として得られたのは大きな転機でした。

——かるたのルールは、最初から今の形だったのでしょうか。

青江先生:大会などをしていく中で、少しずつ改善して今の形になっています。

化学構造式かるた

化学構造式かるた

構造式かるた大会の案内

構造式かるた大会の案内

構造式かるた大会の様子

構造式かるた大会の様子

構造式かるた大会の様子

構造式かるた大会の様子

構造式かるた大会の表彰式

構造式かるた大会の表彰式

アプリ化への展開

——紙のかるたからアプリへと発展されたのは、大きな展開だったと思います。アプリ化のきっかけを教えてください。

青江先生:日本薬学教育学会で「化学構造式かるた」の取り組みをポスター発表したときに、複数の大学の先生から「これは売ってないの?」と聞いていただいたことが大きいです。手作りだったので販売は難しく、より多くの方に使っていただける形にするなら、アプリが良いのではと考えました。ちょうどコロナ禍で、みんなで集まって取り組むことが難しい時期でもありましたし、ICT化の流れも踏まえて、アプリ化に進むことにしました。そこで科学研究費助成事業(科研費)に応募したところ採択され、アプリ化することができました。

——実際にアプリ化を進める段階で、開発パートナー探しはどのように進められましたか。

青江先生:決まった額の中で複数の業者に見積を取ってみたところ、科研費の範囲ではアプリ化してもらえないことが多くて、想定外でした。

——そこから、どのように進んだのでしょう。

青江先生:百人一首のかるたアプリを作られている会社(Beta Computing株式会社)を見つけて、適任だと思い、ご連絡しました。限られた予算で恐縮でしたが、アプリ化に対する思いと今後の展開をお伝えし、「協力していただけませんか」とお願いしました。

——先方からの反応はいかがでしたか。

青江先生:研究や教育に役立つなら、という形で快くご協力いただきました。こちらはアプリ開発が素人なので、意図を伝えると丁寧に形にしてくださって、本当にありがたかったです。
アプリにはCPUと対戦できるモード(易しい/普通/難しい)が用意されています。メニューの「構造式一覧」などから札の内容を確認することもできます。
そのうえで、Beta Computing株式会社からは「この枠組みを他のアプリ開発に活用してよいか」といったお話もありましたが、もちろん問題ありません、という形でした。

——今回の受賞は、青江先生・清水 忠先生・江﨑 誠治先生の連名です。共同研究者のお二人は、どのように関わっていらっしゃるのでしょうか。

青江先生:清水先生には、教育実践を論文化するプロセスや分析方法の面でご助言・ご支援をいただきました。また清水先生は化学の研究者でもあるので、高校生には創薬研究の観点の方が面白いのでは、といった意見もいただきながら進めています。 化学構造式かるたに関して、江﨑先生には、当初からヒントの出し方(設計)についてご意見をいただき、一緒に紙のかるたを作成したり、教育実践を行っていただきました。また、研究として論文化するときにも共同研究として進めていただきました。

——そのヒントは、アプリではどのように提示されるのでしょうか。

青江先生:アプリでは、三つのヒントが順に示され、それを手がかりに該当する化学構造式の札を選ぶ仕組みになっています。

化学構造式かるたアプリのホーム画面

化学構造式かるたアプリのホーム画面

化学構造式かるたアプリのプレイ画面

化学構造式かるたアプリのプレイ画面

——なるほど。そこにはどのような狙いがあるのでしょうか。

青江先生:1対1対応だと短期記憶になって学びが浅くなる懸念があるので、三段階にすることで知識の構成や長期記憶、考え方の整理につながるのでは、という狙いがあります。

化学構造式かるた(アプリ):

高校生ユーザーの広がりと見えてきた課題

——アプリ化後、利用者からの反応で印象的だったことはありますか。

青江先生:一番驚いたのは、アプリ利用者の約7割が高校生だったことです。本来は薬学部生が使ってくれるだろうと思って作ったので、実際の利用状況を見て驚きました。

——高校生は、どこでこのアプリを知ったのでしょうか。

青江先生:無料でダウンロードできるので、ストア経由で使い始めてくれた高校生がまず一定数いました。さらに利用が増えたのは、YouTubeでQuizKnockさんが取り上げてくださったことがきっかけで、一気に広がりました。増えた利用者層も高校生が多かったです。

——利用者の声や、使われ方については、どのように見えていますか。

青江先生:使っていただけている一方で、計測してみると利用時間が短いという点があります。学習成果としてどこまで出てくるのかも、まだ十分に測定できていない部分があります。 アプリ内には簡単な説明動画や問題演習につながる導線も用意しているのですが、ゲームとして遊んで終わってしまうという課題も見えてきています。継続的な学習や学習成果につながりやすい学習方略(学び方の工夫)にしていけたらと思っています。

教育研究として見えてきたこと

——先生は「教育効果をエビデンスとして検討し、発信したい」とお話しされていました。教育研究としての難しさや面白さは、どのように感じておられますか。

青江先生:教育研究は、人が対象で数が揃えにくいことや、交絡因子も多いこともあり、どこまで一般化できるかなど、難しさが多いと思っています。ですので、まだまだ勉強して発展させていきたいです。 一方で、データで分析してみると、自分の感覚と「確かに」と一致する結果が出る場合もありますし、「こういう特徴があったんだな」と分析を進める中でわかってくることもあって、面白いところでもあります。

——学習者の特性に応じた学びの支援について、どのように考えていますか。

青江先生:得意な子には得意な学び方があると思いますし、苦手な子には苦手な子に合う学び方があっていいと思っています。学生の特性に応じた教育方略(教員側の指導・支援の工夫)を考えていけたら、というのは根底にあります。

——競争要素は、学習にどう影響しましたか。

青江先生:競争が好きな学生は伸びてくる面がある一方で、どうしても短期記憶になってしまう、という問題点も見えてきました。1)
最近の論文の中では、ステージの設定にしていくことで、ゲームを普段やっている学生であればもちろんですが、化学が苦手でも進めていきやすい、という示唆が得られています。2)
今後は、このアプリという枠組みとステージ制を組み合わせたり、対面での活動とのつながりもデザインしたりして、化学が苦手な学生でも勉強しやすい枠組みを見いだしていけたらと思っています。2) , 3)

1) 青江麻衣,朴 炫宣,安原智久,ほか.「薬学部初年次学生に対するゲーミフィケーションを活用した有機化学教育の実践とその評価」,薬学教育2020, 4, 2020-029.

https://doi.org/10.24489/jjphe.2020-029

2) Mai Aoe, Tadashi Shimizu, Sumio Matzno, et al. “Exploratory Analysis of Student Characteristics Contributing to Improved Learning Outcomes in Gamified Organic Chemistry Education”, YAKUGAKU ZASSHI, 2026, 146 (1), 71–78.
https://doi.org/10.1248/yakushi.25-00117

3)  青江麻衣,清水 忠,松野純男,ほか.「モバイル端末対応の「化学構造式かるた」アプリケーションを用いた有機化学教育の実践と課題」.薬学教育2025;9:e09033.
https://doi.org/10.24489/jjphe.e09033

今後の展開

——今後の展開として考えていることを教えてください。

青江先生:今は基本構造編ですが、生化学的な内容や医薬品の構造式など、内容を広げていきたいと思っています。

——すでに授業との連携も進んでいるのでしょうか。

青江先生:そうですね。効果の測定については今後の課題ですが、授業の中で化学の先生にお願いして使っていただくなど、連携は始めています。

——高校生ユーザーが多かったことは、今後の狙いにも影響しますか。

青江先生:現在、創薬研究者が少ないという社会的な課題が一つあると思っています。高校生ユーザーが多かったということもあって、そういった層を対象に、創薬研究の観点も含めて、もう少し発展させていけたらと思っています。

——機能面の強化について、どのような構想をお持ちですか。

青江先生:現状ではCPUとの対戦が中心ですが、オンライン対戦や2人対戦のような対人戦機能の追加はまさに念願です。競争やコミュニケーションの観点でも良いと思っていて、科研費で実現できないかとも考えていましたし、今回、科研費を採択していただきました。
ただ、対人戦機能の追加と、内容展開をステージ制にしていくことの両方を同時に進めるのは難しいと言われていて、優先順位をつける必要がありました。

——その優先順位は、どのように考えたのでしょうか。

青江先生:かるた自体は基本構造編だけではなく、医薬品編などいろいろなパターンがあるので、まずは展開をステージ制にしたいという思いがありました。オンライン対戦も「いつかやりたい」と思っているのですが、両方は難しいという状況もあり、まずはステージ制で、医薬品の構造などの展開を優先する判断になりました。

——対人戦を実装する場合、学びにつなげるためにどのような設計が必要だとお考えですか。

青江先生:対人戦の場合、遊びに意識が寄ってしまう可能性もあるので、達成していく仕組みなどと組み合わせ、学びにつながるように設計していきたいと思っています。

——英語化についてはいかがでしょう。

青江先生:英語化はすでに対応しています。かるたはルールが初めての方でも分かりやすいので、海外の方にも使っていただけたら面白いなと思っていました。

青江先生が捉える化学コミュニケーション

——「化学コミュニケーション」をどう捉えていらっしゃいますか。

青江先生:化学と人とのつながりを作っていく仕組み、そうした仕組み作りだと捉えています。

——化学が苦手な方に伝えるとき、特に意識されていることはありますか。

青江先生:経験と結び付けたり、まずは面白いと思える体験を置いたりすることです。導入の呼び水として「面白い」は大事で、そこから学びの面白さが見えてくることもあると思います。

——先生ご自身の立ち位置やご経験は、伝える工夫にどのように影響していると感じますか。

青江先生:私はいわゆる化学の研究者、というわけではありませんので、逆にそういったところは自分の強みとして生かしていけたらと思っています。

——活動が外へ広がっていった過程も印象的でした。そうした広がりを、先生ご自身はどのように受け止めていますか。

青江先生:本当に小さなところから、思いつきで作ったかるたでしたが、化学コミュニケーション賞をご紹介いただいた林先生もそうですし、QuizKnockさんもそうですし、企業のBeta Computingさんもそうですし、いろいろな方が関わってくださいました。
少し動いたことが、紹介いただいたり、世界を広げていただいたりして、思わぬ展開になっていく。まさか今回のように取材(インタビュー)していただく日が来るとは思わずに活動を始めたので、本当にありがたいことだと思っています。

——最後に、読者へのメッセージをお願いします。

青江先生:有機化学は「すごく得意で優秀な一部の方だけの科目」というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。でも決してそうではなく、基本的に全てのものは化学物質ですし、ちょっとしたことを学ぶことで誰にとっても理解できる内容だと私は思っています。
苦手だから無理ではなく、「ちょっとやってみようかな」と一歩進むことが、次の学びや可能性を広げるのではないでしょうか。

——本日は貴重なお話をありがとうございました。

今回のインタビューで印象に残ったのは、「苦手は能力の問題ではなく、経験の差で生まれることもある」という青江先生の視点です。手作りのかるたから始まった取り組みが、教育実践と教育研究(エビデンスの検討)を往復しながらアプリへと発展し、想定外に広がった高校生ユーザーの反応が新たな課題意識を生む——その循環そのものに、研究者としての視点が息づいていました。また、対戦モードとステージ制のトレードオフ、短期記憶に留めない工夫、学習者特性に応じた教育方略など、設計と検証を行き来する姿勢は、化学コミュニケーションの実践としても示唆に富みます。「面白い」を入口に、学びの深まりへつなげる——その過程自体が、化学と人をつなぐ化学コミュニケーションの実践なのだと感じます。

受賞者紹介

青江 麻衣 先生

青江 麻衣(あおえ まい)先生

兵庫医科大学薬学部 薬学教育センター 特命准教授。博士(薬学)、薬剤師。大学卒業後、薬剤師国家試験対策予備校講師、大阪大谷大学薬学部薬学教育支援・開発センター講師を経て、2022年8月より現職。専門は、ゲーミフィケーションを活用した薬学教育・有機化学教育、学習支援の設計と評価など。2021年に日本薬学教育学会教育研究奨励賞、2026年に化学コミュニケーション賞2025(個人)などを受賞。