私設科学館の開設・運営とジュニア研究者の育成
化学コミュニケーション賞2025受賞者インタビュー
2026年10月掲載
手作り科学館 Exedra
羽村 太雅 館長、中里 雅樹さん

左から羽村館長、中里さん
2025年の化学コミュニケーション賞を受賞した手作り科学館 Exedraを訪問し、館長の羽村太雅さんと科学コミュニケーターの中里雅樹さんにお話を伺いました。
手作り科学館 Exedraは、東京大学柏キャンパスの大学院生らが始めた科学コミュニケーション団体が、柏駅前の空きアパートをDIYで改修して2018年に開館した私設科学館です。スタッフとの対話、実物に触れられる展示、地域課題を題材にしたワークショップに加え、現在は100人以上の小中学生が継続的に研究へ取り組む「研究部」を運営しています。
今回のインタビューでは、受賞を受けての思い、科学館の成り立ち、サークル活動から法人運営へ移行した経緯、地域との連携、展示や体験の工夫、研究部で子どもたちに育んでいる力、そして二人が考える科学コミュニケーションについて、詳しくお話しいただきました。
(インタビュー日:2026年9月2日)
活動全体に光が当たった受賞
——化学コミュニケーション賞2025に応募されたきっかけを教えてください。
羽村館長:私は化学コミュニケーション賞を後援している一般社団法人日本サイエンスコミュニケーション協会(JASC)の設立初期からの会員で、化学コミュニケーション賞のことは以前から知っていました。募集案内が届いたとき、ちょうど申請書を書く余裕があり、「今回は応募してみよう」と思ったのがきっかけです。
手作り科学館 Exedraでは、化学だけでなく、物理、生物、地学まで幅広い分野を扱っています。特定の分野だけを意識して活動しているわけではありませんが、今回はその中から化学の要素が強い取り組みを切り出し、科学館の運営とジュニア研究者の育成という形で応募しました。
——受賞の知らせを受けたときの率直なお気持ちはいかがでしたか。
羽村館長:とにかくうれしかったですね。これまでも「理科の修学旅行」や野生動物を扱うプロジェクトなど、個別の取り組みが賞をいただいたことはありました。しかし、科学館をつくり、子どもたちが毎月通い、その子たちが研究者として育っていくという一連のプロセスを評価していただいたのは初めてです。活動全体を認めていただいたように感じました。
科学コミュニケーション活動そのものを評価する賞は、それほど多くないと感じています。化学コミュニケーション賞の過去の受賞者には、私から見れば業界の大先輩にあたる方々もいます。受賞をきっかけに、長年活動してきた自分たちも、ようやくその背中が見えるところまで来たのかもしれないという自負が芽生えました。
——受賞後、周囲からはどのような反応がありましたか。
羽村館長:SNSで受賞をお知らせすると、過去の受賞者の方々からも反応をいただきました。毎月通ってくれている研究部の子どもたちや保護者にも案内したところ、特に保護者の皆さんから「おめでとうございます」「すごいですね」と声をかけていただきました。
「いつでも科学に触れられる場所」を自分たちの手で
——手作り科学館 Exedraにつながる活動は、どのように始まったのでしょうか。
羽村館長:出発点は、2010年6月に立ち上げた学生サークル「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ」です。東京大学柏キャンパスの大学院生を中心に、ほかの大学のメンバーも加わり、科学コミュニケーション活動を通じて地域交流を活性化しようと活動を始めました。小学生向けの理科実験教室、大人向けのサイエンスカフェ、学校での出張活動などを行っていました。
研究との両立状況は、決して褒められたものではありませんでした(笑)。研究室では両立しているような顔をしながら、かなりサークル活動に時間を使っていました。でも、自分たちが考えたことが少しずつ形になり、参加した方から「またやってください」「今日はとてもよかった」と反応をもらえることが、大きな活力になりました。
一方で、活動を続ける中で、イベント形式ならではの難しさも感じるようになりました。参加する人も運営する私たちも、その日に予定を合わせなければなりません。毎回会場を探して交渉し、準備して片づける必要もあります。そこで、もっと気軽に、いつでも科学に触れられる自分たちの場所が欲しいと思うようになりました。みんなが来られる場所を考えたとき、私たちの中では自然に「科学館」という答えになったんです。
——科学館づくりに踏み切るまで、どのような思いがありましたか。
羽村館長:「科学館をつくる」という発想よりも、本当につくれるのか、特につくった後も続けていけるのかという不安のほうが大きかったですね。当時は仲間と一緒に活動していたので、「本当にやるのか」「最後までやれるのか」と何度も皆でお互いの意思を確認しました。みんなが「やりたい、最後までやる」と言ってくれたので、ようやく科学館づくりに向けて動き始めることができました。
——「Exedra」という名前には、どのような意味があるのでしょうか。
羽村館長:昔のヨーロッパには、石の椅子が円形に並び、人々が集まって、現代でいう自然や哲学について自由に語り合う場所があったそうです。「Exedra」と呼ばれるそうした場にちなんで、私たちも、みんなが集まって科学について自由に語り合える場所をつくりたいとの思いから、この名前を選びました。
当初は「Exedra」という名前だけを考えていましたが、それでは何の場所か分かりません。かといって「科学館」だけでは、大規模な施設を想像されます。そこで、自分たちの手でつくった場所だと伝わるように、「手作り科学館 Exedra」という名称にしました。
空きアパートをDIYで改修、支えた人とのつながり
——空きアパートを科学館に改修した過程について教えてください。
羽村館長:科学館をつくる構想は2015年頃にはありました。物件を探す際には、「駅から近く、自由に改修できて、原状回復が不要で、できれば集合住宅で、家賃が安い場所はありませんか」と、知り合いに片っ端から声をかけました。ほとんどの方には笑われましたが、物件を探してくださった方が不動産会社につないでくださり、現在の物件に出会いました。
改修は2016年8月に始め、2018年1月の開館まで約1年半かかりました。もともとは畳敷きで、押し入れや壁もありました。畳をはがし、壁を抜き、壁紙を貼り直し、床も自分たちでつくりました。北欧の暖炉のある家で、コーヒーを飲みながら語り合うような雰囲気をイメージし、木目やレンガ調を取り入れています。
私は隕石衝突の研究をしていたのですが、DIYの知識はまったくなく、建物の改修は分からないことばかりでした。地域の方々に、釘の打ち方や木材の手入れについて教えてもらい、そのたびにホームセンターへ通いました。仕事が終わった後、まだ電気もない部屋で、暗くなるまで作業したこともあります。大晦日にも壁紙を貼っていました。
——資金はどのように確保し、専門的な工事にはどのように対応したのでしょうか。
羽村館長:複数の助成金に申請し、クラウドファンディングも行いました。作業は中心メンバー7~8人に加え、何十人もの友人や支援者が入れ代わり立ち代わり手伝ってくれました。クラウドファンディングの宣伝を見て、「支援金は出せないけれど、水道工事なら手伝える」と申し出てくださった方もいました。電気工事も、資格を持つ方に協力してもらいました。資金だけでなく、人とのつながりによってできた科学館です。



DIY改修前(上)・改修中(中)・開館当初(下)
来館者ゼロの日、コロナ禍、そして事業化への転機
——開館後の歩みの中で、活動や運営の転機となった出来事はありますか。
羽村館長:開館直後は話題性もあって来館者がいましたが、数カ月すると落ち着き、一日中開館していても誰も来ない日が珍しくなくなりました。平日は仕事をし、土日は家族との時間を削って科学館を開けているのに誰も来ない。精神的にかなり堪えました。
そこで、開館日にあわせて多数のイベントを開催し始めました。2018年・2019年には、若手研究者が自分の研究を紹介する「研究者に会いに行こう!」というイベントを毎月開催しました。告知するとすぐに満席となり、追加した回も満席になりました。ただ、イベントに来る人と科学館そのものを見に来る人ではニーズが違いました。人は集まるけれど、イベントだけ参加して展示を見ずに帰られることもあり、「大人が科学に触れる場所をつくりたい」という当初の思いとの間に乖離があることに、葛藤がありました。
大きな転機はコロナ禍です。新型コロナウイルスの感染拡大により一時休館しました。再開後は、社会的な状況を踏まえて予約制を導入しました。当時は、一緒に暮らす家族単位で外出する方が多かったこともあり、来館者は次第に親子連れが中心になりました。そこで、子どもたちにも満足してもらえるように、体験ワークショップを用意しました。当初は3~4種類程度でしたが、少しずつレパートリーを増やし、現在は10種類以上のメニューを用意しています。社会状況に合わせて運営方法や体験内容を見直したことで、Exedraは「親子で訪れ、体験を楽しむ場所」として認識されるようになりました。来館者層と科学館の利用のされ方が大きく変わったという意味で、コロナ禍は一つの転機になりました。
その後、親子で体験を楽しむ場所としての認識が広がる一方で、大人だけでの利用は少なくなっていきました。もともとは大人も科学に触れられる場所を目指していたため、「本当にこれでよいのか」と悩むこともあります。ただ、今はここで生計を立てていく必要があります。理念を大切にしながら、事業を成り立たせる現実的な判断も必要です。
——サークル活動から、法人として運営するようになった経緯を教えてください。
羽村館長:2019年頃まではサークル活動として、ほぼボランティアで運営していました。しかし、それでは負担が大きすぎて、長く続けることは難しいと感じるようになりました。大きな利益を上げる必要はないけれど、少なくとも活動を仕事として続けられる運営体制に変えようと考え、2020年に一般社団法人サイエンスエデュケーションラボを設立しました。
当時、私は国立天文台での任期の区切りを迎え、無期雇用へ移るかどうかという時期でした。「このまま残れば辞められなくなるかもしれない。やるなら今しかない」と考えました。ちょうどその頃、柏の葉サイエンスエデュケーションラボで一緒に活動していた、現在、副館長を務める宮本千尋さんも、博士号を取得して社会へ出る時期を迎えていました。そこで、二人で本格的な運営を始めました。
今年4月には新たに3人を採用し、現在は5人の職員を中心に、パートスタッフやボランティアの協力を得ながら運営しています。登録ボランティアは、高校生から退職後の方まで約50人です。

羽村館長とスタッフ
——中里さんは、どのような経緯でExedraに加わったのでしょうか。
中里さん:私は東京大学大学院の博士課程を修了し、その後、2026年3月まで産業技術総合研究所で研究員を務めていました。専門は分析化学で、今まで測れなかった物質の分析法をつくるような、基礎研究に近いテーマに取り組んでいました。
研究現場に身を置く中で、社会実装とのつながりが見えやすい分野に比べ、私が取り組んでいた基礎研究は社会から認知されにくく、応援も得にくいと感じることがありました。私自身は、そうした基礎研究をもっと応援してほしいという思いがあり、研究者として成果を出す以外にも、自分にできることはないかと考えるようになりました。
知人に相談する中で「科学コミュニケーション」という言葉に改めて出会い、学生時代に実験教室へ関わった経験も思い出しました。Exedraの職員募集を見つけたとき、研究現場から一歩外へ出て、社会とより積極的に関われる仕事だと感じました。何より活動が楽しそうだったこともあり、応募し、2026年4月に着任しました。
私設科学館を支える、細い橋を渡るような運営
——私設科学館として活動を継続するために、どのような工夫をされていますか。
羽村館長:公立施設には公立施設の大変さがあると思いますが、我々のように小規模な私設の科学館では、特にお金を回していくことを強く意識しなければなりません。民間企業のような感覚で運営する必要があるので、経営セミナーに通い、簿記も勉強しました。今も機会があれば学ぶようにしています。
ただ、お金だけでは維持できません。結局は人が必要です。以前は私と副館長の二人が無理をして支えていましたが、スタッフが増えたことで、交代で休んだり、学会へ参加したりできるようになりました。活動を一緒に支えてくれているボランティアの皆さんの気持ちも尊重し、活躍の場をつくり、やりがいを持って関わっていただきながらも、無理はさせないことも大切です。さまざまなバランスを見ながら、今も細い橋を渡っているような感覚があります。
——運営を支える事業には、どのようなものがありますか。
羽村館長:分かりやすい柱は、子どもたちが毎月通う研究部の部費です。入館料や体験料も小さくありません。そのほか、出張授業の講師料、企業から依頼を受ける仕事など、複数の事業を組み合わせながら施設を運営しています。
民営だからこそ、体験料に材料費だけでなく、運営を続けるための利益も含めて設定できます。また、意思決定が速いことも特徴です。今のところ組織が小さいこともあり、最終的な判断は私ができるので、「やろう」と決めれば、すぐに動けます。公立の科学館とは異なる身軽さがあると言えるかもしれません。
地域の課題を、展示や体験に変える
——地域や他団体との連携では、どのような取り組みをされていますか。
羽村館長:地域の団体とは積極的に連携しています。例えば、柏市で無農薬栽培をする農家から、虫食いなどの理由で市場流通が難しいブルーベリーを譲っていただき、体験プログラムに活用しています。ブルーベリーからpH指示薬をつくり、さまざまな水溶液の性質を調べる体験です。香取神宮の銅鏡を3Dスキャンした型に、溶かした金属を流し込んでミニチュアレプリカを製作し、その鏡面を研磨する体験も、千葉県内の地域とのつながりから生まれました。
コロナ禍から街が回復しようとしていた頃には、柏の街をミニチュアの太陽系に見立てたスタンプラリーを行いました。店舗で買い物をするとスタンプがもらえ、各店内では本物の隕石や惑星の模型、太陽の観測画像などを展示しました。一定以上のスタンプを集めた方には、柏を拠点とするスポーツチームの観戦チケットや、イチゴ狩りなど、さらに別の柏の魅力に出会える景品を用意しました。

ブルーベリーを使った実験
——地域の方や団体と連携して取り組みを始める際、大切にしていることは何でしょうか。
羽村館長:地域課題に関する取り組みを相談するときは、こちらから一方的に「何かやってください」とお願いするのではなく、まず、相手が抱えている課題や、活用に困っているものがないかを伺います。その上で、科学館の知識や活動を生かして、私たちに何ができるかを提案するようにしています。最初に関係性をつくるところが最も神経を使いますが、丁寧に築くことができれば、長く続くつながりになります。
もちろん、いつもうまくいくわけではありません。相手の事情を十分に想像できず、行き違いが生じることもあります。落ち込んだときは、仲間や家族に話します。言葉にするうちに客観的に捉えられるようになり、「次はここに気をつけよう」と切り替えられるようになることが多いです。
「触れる」「話せる」から生まれる展示体験
——展示やワークショップを企画・更新するときに、大切にしていることを教えてください。
羽村館長:一般的な内容を取り入れることも多いですが、私たちならではの工夫や地域性を生かしたコンテンツづくりには特に力を入れています。市販キットを使う望遠鏡工作もあれば、香取神宮の銅鏡をもとにしたオリジナルの体験や、私が棒の長さや星の配置を計算して設計した立体星図工作のように、ここでしかできない体験も数多くあります。化学に関するものでは、塩化アンモニウムの再結晶やペーパークロマトグラフィーなどを扱う実験も用意しています。
展示も開館以来、少しずつリニューアルしています。今年7月には、子どもたちと一緒に、鴨川の海の一部をデジタル空間に再現する合宿を行いました。現地を観察・スキャンして得た3Dデータと、採取・観察した実物資料を組み合わせ、新しい展示コーナーをつくりました。活動や研究の成果を展示へ反映し、バックヤードの資料とも入れ替えながら、少しずつ更新しています。
展示は、あらかじめ完成形を決めてつくるものばかりではありません。人との出会いや、偶然手に入った資料から、新しいテーマが生まれることもあります。以前、私が標本店で購入したワニの骨格標本を各地へ持っていって紹介していたところ、それを見た野生動物の駆除に関わる方から「イノシシの骨ならありますが、使いますか」と声をかけていただきました。
その標本を整えて展示したことをきっかけに、駆除された野生動物の価値をどのように見いだし、活用するかというテーマが館内に育っていきました。水族館のバックヤードに保管されていた資料や、来館した著者からいただいた本など、寄贈によって加わったものもあります。何もそろっていなかったからこそ、人や資料との出会いを受け止めながら、展示を少しずつ育ててこられたのだと思います。

ワニやイノシシなどの骨格標本

新しい展示コーナー
——Exedraの展示には、どのような特徴がありますか。
羽村館長:大きく二つあります。一つは、展示物に実際に触れられることです。化石標本なども、興味を持った方がいれば取り出して、机の上で見てもらいます。もう一つは、解説パネルが少ないことです。基本的にはスタッフが来館者につきそって案内し、その人に合わせた説明を行います。幼い子どもにはかみ砕いて、小学5年生なら少し踏み込んで、大人にはさらに深い話をすることができます。
スタッフがそばにいれば、「これは触ってよい」「これは注意して扱ってください」と伝えられるので、安全管理もしやすくなります。ただ最近は、親子に子ども向けの説明だけをすると、大人には物足りないこともあると感じています。そこで、より詳しく知りたい大人向けの解説パネルも、少しずつ制作しています。
——来館者との対話で、心に残っている反応はありますか。
羽村館長:「娘が家でもずっとここの話をしています」「息子がとても気に入ったようなので、もう一度連れてきました」と保護者から反響を聞くことがあります。研究部を始めてからは、「自由研究で簡単な工作をして終わっていた子が、研究の進め方を理解し、レポートをまとめられるようになった」という声もいただきました。
柏の葉サイエンスエデュケーションラボが2010年に活動を始めた当初、実験教室などに参加していた子どもたちは、すでに大人になっています。「ここで刺激を受けて、この大学に進学しました」「医学部に進みました」と話してくれる人や、かつての参加者がスタッフや講師として戻ってきてくれる例もあります。長く活動を続けてきたからこそ、その成果が子どもたちの成長や進路という形でも見えるようになりました。
科学を体験する教室ではなく、研究する「部活動」
——小中学生を対象とした「研究部」を始めた背景を教えてください。
羽村館長:単発イベントでは、毎回参加者が異なるため、一回で完結する内容にせざるを得ません。知識や分野も分散し、系統立てて学び、深めることが難しくなります。そこで、同じ子どもたちが継続して通い、ステップアップできる仕組みをつくりたいと以前から考えていました。
コロナ禍で単発イベントが一切できなくなったとき、逆に「今なら継続的な活動を始められるかもしれない」と考えてプログラム開発などの準備を開始し、2022年4月に研究部の活動を始めました。現在は平日の夕方から夜、土日にもクラスがあり、100人以上が在籍しています。
——研究部には、どのような地域から子どもたちが通っていますか。
羽村館長:柏周辺の子が多いですが、都内や埼玉県、千葉市、さらに群馬県や栃木県など、かなり遠方から通う子もいます。遠方の子は主に土日のクラスですが、千葉市やつくば周辺から平日に来る子もいます。
新規入部の時期は4月と10月に設けていますが、募集枠は早い段階で埋まるようになってきました。現在の施設規模と人員では、これ以上クラスを増やすのが難しくなってきました。多くの子どもたちが通いたいと思ってくれることはうれしい一方、受け入れきれないことが、第二の拠点を考える理由の一つにもなっています。
——一般的な理科実験教室との違いは何でしょうか。
羽村館長:実験を楽しみ、既知の内容を確かめる教室は、すでに多くあります。私たちは、そこからさらに一歩進んで、世界で誰も答えを知らない、本格的な研究に取り組める場をつくりたいと考えました。ここには研究経験者がそろっています。子どもたちに研究の進め方を伝え、一緒に研究し、最終的には論文を出すところまで目指したい。だから「研究部」なんです。
私たちは、何かを教える「先生」ではなく、子どもたちと一緒に研究する仲間です。そのため、子どもたちには「先生ではなく、羽村さん、中里さんと呼んでね」と伝えています。イメージしているのは大学院です。指導はしますが、一方的に教えるのではなく、一緒に考え、一緒に論文を書く関係を目指しています。
——研究部では、どのように段階を踏んで研究へ進むのでしょうか。
羽村館長:小学2年生を対象とした、科学遊びを少し実験に近づけた難易度のコースもありますが、小学3年生以上は、全員がまずトレーニングコースで研究の基礎を学びます。木材の乾留や水溶液の同定、水質調査、ろ過・蒸留などの実験を通じて、実験技術や科学的な考え方を身につけます。その後、用意されたテーマから選んでチームで研究するステップアップコースへ進み、さらに自分でテーマを考えるチャレンジコースへ進みます。
仲間と一緒に研究を楽しみたい子は、ステップアップコースで長く続けることもできます。一方、自分の問いを追究したい子は、チャレンジコースで個別の研究に取り組みます。すでに日本天文教育普及研究会や日本科学教育学会で小学生自身が発表した例もあります。
子どもたちの研究が、活動期間を越えて次の研究者へ引き継がれる例もあります。解剖に取り組んだ子どもたちが見つけた成果のひとつは大学生が引き継ぎ、現在も研究を続けています。その成果は、共同研究者でもある大学教員によって、学会の招待講演で紹介されました。別の学会でも、我々の手で紹介することになっています。



研究部 ステップアップコース・チャレンジコースでの研究の様子
「問いを胸に抱く」力を育み、研究に失敗はないと学ぶ
——研究部で、子どもたちに最も身につけてほしい力は何ですか。
羽村館長:一番身につけてほしいのは、疑問を持つ力です。「問いを胸に抱く」とでもいうのでしょうか。研究の方法や実験技術、物事の考え方も大切ですが、問いが浮かばなければ研究のスタートラインに立てません。「なぜだろう」「どうすれば分かるだろう」と考え続けられる人になってほしいと思っています。
その力が、将来科学に直接生かされなかったとしても構いません。何かを問い、考え続ける力は、どのような道へ進んでも役に立つはずです。科学者にならなくても、その姿勢を持ち続けてほしいですね。
——自分で問いを立てることが難しい子どもには、どのように関わっていますか。
羽村館長:まず、大人が問いを立てる姿を見せます。また、ほかの子どもがどのように問いを立てるかを見てもらうことも大切です。毎年3月の発表会では、客席から「なぜこれに興味を持ったのですか」と質問が出ます。そうしたやり取りを通じて、「ほかの子は、こうやって研究の着想を得ているんだ」と学び、自分なりの問いを見つけるきっかけにしてほしいと思っています。
——研究を経験した子どもたちには、どのような変化が見られますか。
羽村館長:トレーニングコースからステップアップコースに上がったばかりの子は、「今日は何をやるの」「何を教えてくれるの」という姿勢が目立ちます。でも、1年間研究を経験すると、「今日は自分が何をするのか」を理解した状態で来館するようになります。次の年に新しい研究を始めるとき、研究に初めて取り組む子とは発想や姿勢が明らかに違います。
研究では予想どおりにならないこともあります。トレーニングコースの頃は「失敗した」と言う子もいますが、上のコースへ進むときには「研究に失敗というものはない」と繰り返し伝えます。得られた結果は、それ自体が一つの成果です。予想と違っても、「ここまでは分かったね」と一緒に確認します。その考え方は、子どもたちの中に根づいているように感じます。
——中里さんは、研究部で子どもたちと接して、どのように感じていますか。
中里さん:まず、研究に関しては、自分が思っていたほど子ども扱いする必要はないんだな、と少し驚きました。もちろん、年齢に応じたサポートは必要です。ただ、子どもたちは一人ひとり、きちんと自分のアイデアを持っています。
ステップアップコースで活動を進める上で、ある程度のシナリオは想定しています。でも、無理にそのとおりに進ませる必要はありません。子どもたちのアイデアを拾い、「それを形にするにはどうすればよいか」を子どもたちと一緒に考える。大人の知識や技術を生かして、軌道修正したり、実現できる方向へ導いたりすれば、子どもたちは自分たちの力で研究を進めていけます。
そういう意味では、「子どもたちに教える」というより、私自身も一緒に研究する仲間として関われていると感じます。
自然の中で学ぶ「理科の修学旅行」
——「理科の修学旅行」について教えてください。
羽村館長:自然の中で理科を学ぶ泊まりがけの活動で、最近は夏と冬の年2回行っています。夏は2泊、冬は1泊が多いですね。夏は生き物や化石、天文観測など、年ごとに中心テーマを決めます。今年は、鴨川の海の一部をデジタル空間に再現することを中心テーマに、現地で磯の生き物や岩石、漂着物などを観察し、3Dスキャンを行って記録に残す活動を行いました。
一つの分野だけを3日間続けるのではなく、その土地や時間帯に応じて、さまざまな観察や実験を組み合わせています。生き物を中心にした年でも、夜は星を見ます。肉眼では一つにしか見えない二重星が、望遠鏡では二つの星に分かれて見えることを体験できます。ウミホタルを観察できる場所では、夜にウミホタルを見ることもあります。
冬は雪山で「雪の科学」を扱います。雪の結晶を観察したり、レプリカをつくったり、子どもが自分で材料を持ち込んで凍らせたりします。
今夏は、子ども48人とスタッフ13人が参加しました。研究部に入っていない子どもも多く参加しています。学校も居住地域も異なる子どもたちが集まり、普段とは異なる人間関係の中で一緒に学ぶことも、この活動の特徴です。

川を訪れた夏の修学旅行

雪山で過ごす冬の修学旅行
科学コミュニケーションで、地域の未来をつくりたい
——お二人は、科学コミュニケーションをどのようなものとして捉えていますか。
羽村館長:科学コミュニケーションには、大きく分けて二つの捉え方があると思っています。一つは、科学と社会との接点に関わる活動を広く含むもの、もう一つは、その中でも他の言葉で表現できない狭義の取り組みです。私は、広い意味では本当に何でもありだと考えています。その中で自分が特に取り組んでいるのは、普及啓発やアウトリーチなど、教育に近い分野に焦点を当てるものです。その中でも特に、社会、とりわけ地域に関わることに興味を持っています。
地域ならではの課題や個性を題材に、科学コミュニケーションの手法で課題解決につなげたい。ブルーベリーやキョン、手賀沼の水質などは、その例のひとつです。私ができるのは、研究と教育だけです。その二つを通じて、地域の個性を生かし、地域の人たちがより豊かに暮らせる未来をつくりたいと思っています。
中里さん:私は今も「科学コミュニケーションとは何だろう」と考え続けていて、この数カ月の間でも答えが変わっています。ただ、「課題解決」は大切なキーワードだと思います。科学を分かりやすく楽しく伝えるだけでなく、社会にある問題を知った人が、次の行動を起こせるところまでつなげる。それが科学コミュニケーターらしさではないかと、今は考えています。
例えば、当館でキョンの問題を知り、家に帰って親子で話す。さらにインターネットで調べたり、自由研究のテーマにしたりする。そのような小さな行動の変化を生み出すことが、今の私にできる科学コミュニケーションの一つの目標です。
——今後、Exedraをどのような科学館にしていきたいですか。
羽村館長:短期的には、研究部から成果が出始めているので、論文やメディアを通じて社会に発信し、きちんと記録に残したいと思っています。
もう一つの目標は、第二の拠点をつくることです。今の場所は手狭になり、受け入れられる人数も限界に近づいています。柏だけでなく、さまざまな地域に小さな拠点をつくり、その土地の名前を冠したサイエンスエデュケーションラボが生まれる。各地で子どもたちが学び、研究し、地域の課題に向き合える体制をつくることは、2010年からずっと描いている構想です。
——本日は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
今回のインタビューで印象に残ったのは、手作り科学館 Exedraが、完成された知識や展示を一方的に提供するのではなく、人や活動との出会いを通じて変化し続ける「生きた科学館」であることでした。空きアパートをDIYで改修した館内では、子どもたちの合宿や研究成果が新たな展示となり、地域の課題が体験プログラムへと姿を変えています。
一方、私設科学館を本業として続けるためには、理念を大切にしながら運営を成り立たせ、スタッフやボランティアが無理なく活動できる体制を整える必要があります。「細い橋を渡っているような感覚」という羽村館長の言葉からは、活動を持続させる難しさと覚悟が伝わってきました。
そして、研究部で育てたい力として挙げられた「問いを胸に抱く」という言葉も心に残りました。予想と異なる結果を「失敗」とせず、そこから何が分かったのかを考える。科学者になるかどうかにかかわらず、問いを持ち、考え続ける姿勢は、社会のさまざまな課題に向き合う力になるはずです。手作り科学館 Exedraには、一人ひとりの問いを次の研究や行動へつなげていく、科学コミュニケーションの姿がありました。
受賞者紹介


手作り科学館 Exedra 外観
手作り科学館 Exedra
手作り科学館 Exedraは、東京大学柏キャンパスの大学院生らが2010年に設立した「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ」を母体に、柏駅前の空きアパートをDIYで改修して2018年1月に開館した私設科学館です。現在は、一般社団法人サイエンスエデュケーションラボが運営しています。
スタッフとの対話を重視した展示や体験ワークショップ、地域と連携した教材・展示の開発、自然体験型の「理科の修学旅行」などを展開しています。2022年には、小中学生が継続的に研究に取り組む「研究部」を開始し、研究の基礎から、自分でテーマを考える段階、成果発表までを段階的に支援しています。
これまでに、「理科の修学旅行」で2018年に千葉県知事賞(ちば起業家 優秀賞)を受賞するなど、さまざまな受賞歴があります。また、私設科学館の開設・運営とジュニア研究者育成の取り組みが評価され、化学コミュニケーション賞2025を受賞しました。
ウェブサイト:https://selexedra.stars.ne.jp/
所在地:千葉県柏市末広町9-6 柏嶋屋荘102
